高学歴は自分の手柄ではない
「運も実力のうち」とは言いますが、本書のような言葉はありません。ですが、本書を読むと、なるほどと納得の題名です。原書のタイトルは『能力の独裁』ですから、内容をうまく日本語に置き換えています。
偏差値の高い大学に入学した学生たちは、自分たちが努力したから難関を突破できたと思い込んでいるけれど、そもそも出発点から他の人とは違っていたのだ。自分が生まれた家庭や環境が、たまたま良かったから実力を発揮できたのだということを自覚すべきだ。これが著者のメッセージです。
著者のマイケル・サンデルは、ご存じのようにハーバード大学の学生たちとの対話によって「正義とは何か」を考えさせる『ハーバード白熱教室』の手腕で日本でも知られる存在になりました。
ハーバード大学の学生たちに教えていることで、著者は彼らが「自分たちは実力で難関を突破した」という自負心に溢れていることを感じます。では、その実力はどうして得られたのか。この問題意識は、2019年度の東京大学入学式での上野千鶴子氏の祝辞につながります。彼女は、晴れて東京大学に入学した若者たちに、こう語りかけたのです。
〈あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、(中略)がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと…たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます〉
これがサンデル教授の問題意識でもあります。サンデル教授が、この本を書くきっかけになったのは、2016年のアメリカ大統領選挙で、ドナルド・トランプが当選したからです。彼はなぜ当選したのか。
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source : 文藝春秋 2021年8月号