2021年4月28日(水)、文藝春秋が主催する『文藝春秋 リーダーズフォーラム 2021』『継承される創業者精神 ~「経営」の原点と「成長」の源流を辿って~』がオンラインで開催された。登壇したのは、その卓越した経営手腕で〝リゾート再生請負人〟と呼ばれる星野リゾート代表・星野佳路氏と、事業拡大・事業継承において関係者全員が幸せになる〝友好的M&A〟を日本に根付かせようと努力を続けているM&Aキャピタルパートナーズ代表取締役社長の中村悟氏。1500人を超える視聴申し込みがあった本フォーラムの模様をここにレポートする。
まず、星野氏が登壇。「星野佳路と考えるファミリービジネス」と題した特別講演が始まった。
星野リゾート 代表 星野 佳路氏
長野県に生まれ育った星野氏が、軽井沢・星野温泉旅館の4代目としてその事業を引き継いだのは1991年、日本のバブル経済の崩壊が始まった年に当たる。バブル経済真っ只中の80年代は日本中で次々と新しいリゾート施設が生まれ、部屋数が増大、供給量が劇的に増えた時代だった。星野氏が引き継いだ老舗旅館は古い施設だったため、建て替えを検討したという。しかし、供給過剰の状態がしばらく続くと見た星野氏は、施設を所有するより運営を行っていくビジネスモデルの方がリスクも少なく、ニーズも高いと読んだ。つまり、機能や効率など、パフォーマンスの悪い旅館やホテルがたくさん出てくるはずであって、そうした施設の運営だけを行うビジネスに転換していこうと考えたのだという。
星野氏は、当時の旅館ビジネスの主流であった所有と開発を辞め、自社の強みを運営に特化させるという決断を下す。所有と開発が一体となって展開していくビジネスモデルを否定するのではないが、供給過剰になっていた90年代から2000年代にかけては、運営に特化する〝星野リゾート〟という選択が自分たちの成長につながったと振り返る。
この後も、日本の観光業界はいくつもの大きな危機に見舞われる。2001~2004年には不良債権問題が発生するが、この頃、星野リゾートは運営の仕事を受注する機会を多く得ていたという。そして、2008年のリーマンショックが訪れ、ここで初めて、投資家が日本の観光都市から引き始めるという現象を体験し、自分たちからオーナーや投資家が離れていくという最大の危機を迎えた。さらに、未曾有の大規模災害であった2011年の東日本大震災では一時的に需要が消失。東北に多くの運営拠点を持っていた星野リゾートにとっては大打撃となった。この2つの体験から、長期視点から安定して星野リゾートを所有してくれるオーナー・パートナーを探すことを決め、様々な形態を模索した結果、2013年に〝星野リゾート・リート〟の上場にたどり着く。星野リゾート・リートは、星野リゾートの50近くある施設のうちの20を所有する投資法人であり、運営を星野リゾートが行うという役割分担で共助の関係にある。星野氏は、日本の観光業の成長に個人投資家がプラスにかかわれるようなプラットフォームを創ることをビジョンに掲げていたので、それが実現しつつあることにも大きな手応えを感じていると語った。
そして、コロナ禍での大幅な減収を経験しつつも、①現金を掴み、離さない。②人材を維持し復活に備える。③これまで大切にしてきたCS・ブランド戦略の優先順位を下げるという「コロナ新環境下における基本三大方針」を掲げ、社員一丸となって迅速に対処したことで、現在、星野リゾートは国内・海外合わせて50施設を運営し、今年1月、霧島に温泉旅館「界」の新施設を開業。6月には「界 別府」、来年は新今宮の都市観光ホテル「OMO(おも)」の開業を予定しているという。すぐにそこに迫る危機に果敢に挑戦を続けてきた星野氏、その姿は経営者の理想の姿といえるだろう。
ここで、『星野佳路が考えるファミリービジネスマネジメント』(日経BP社)という著書が紹介された。星野氏は日本企業の97%以上を占めるというファミリービジネスの競争力を上げることが日本経済を救うと考え、自分にも貢献できることがあるかもしれないと、自分の時間を使って企業を訪ね、創業者や承継者に会って話を聴き、それを発信する活動を続けてきた。星野氏のこの分析が興味深い。
ノンファミリービジネスである大手企業には〝一流〟が揃っているというのである。経営学を修めた〝MBA〟がたくさん居て経営を支え、〝GFI(グルーバル・フィナンシャル・インスティテューションズ)〟という国際的な金融機関や日本のメガバンクが積極的に参加してサポートしている。資金が必要な時は世界の〝投資家〟がバックについて事業を後押してくれるし、困ったときには大金を払って高名なコンサルタントに相談もできる。一方、星野氏が継承した当時のことを交えながら、ファミリービジネスにおいて存在するのは〝一流〟ではなく〝俺流〟。〝MBA〟ではなく〝MPO(ママとパパのお任せ経営)〟であり、〝GFI〟はなく、〝LFI(ローカル・フィナンシャル・インスティテューションズ)〟の1地銀のみ。また、〝投資家〟といえる人は〝親戚〟であり、困った時に出向いていくのは〝コンサルタント〟ではなく、近くの神社の〝氏神様〟だと対比し、〝一流〟と〝俺流〟とではこれだけの差があると指摘する。しかし、そうであっても、ファミリービジネスは日本経済の約半分の利益を出し続けていると推計できるので、この〝俺流〟の部分を1つひとつまともにしていったら、この分野の成長率はノンファミリービジネスよりはるかに大きくなるはずだと、日本経済が急速に伸びる可能性を指摘する。
このファミリービジネスについて、海外ではすでにアカデミックな分野での研究が進んでいるという。星野氏はアメリカのある有名な論文を紹介する。これは、次のA~Dのうちの誰が経営すると1番利益が出るのかについて調査した研究だ。選択肢のAは「創業者が経営する」。Bは「血縁の後継者が経営する」。Cは「血縁のない親族(娘婿)が経営する」。Dは「同族外経営者が経営する」。38年間の結果で比較したものだが、Aの「創業者が経営する」が1番多くの利益を出し、次に多かったのが、Cの「血縁のない親族(娘婿)が経営する」だったという。
親から見ると誰に継がせるかは深刻な大問題で、それがボンクラ息子だったら絶望的だという。ファミリービジネスにおける最大最強の課題、それが実は「ボンクラ息子問題」だと星野氏はいう。しかし、親から見れば、経験も知識もない息子はボンクラに見えるかもしれないが、実は1番優秀な経営者だったということは結構あるのではないかと、実際に取材をした企業の例を挙げて推察する。そして、そこから見えてくる真の課題は「ボンクラ息子問題」ではなく、「ガンコ親父問題」なのではないかと結論づけた。次の世代から見ると「ガンコ親父問題」は絶体絶命の大ピンチ。いつまでも権限を受け渡してくれない、やっと引き継いだ時には自分はもう55歳だったということがファミリービジネスではよく起きている。これだと事業を伸ばしたくても伸ばせないというわけだ。
ファミリービジネスの経営者は、①ビジネススキルを学ぶ。②ファミリービジネスを理解する。③企業・組織をリードする。④次世代に引き渡す。 という4つの役割を果たしていくべきだが、④の次世代に引き渡すことがとても大事だと語る。最後に、星野氏は、「ファミリービジネスは駅伝である」いうのが持論だと締め括る。襷を受け取って走るのも大事だが、最後は襷をちゃんと渡す。これが最も大事なことかもしれない。
M&Aキャピタルパートナーズ 代表取締役社長の中村 悟氏
続いて、登壇したのはM&Aキャピタルパートナーズの中村悟氏。講演テーマは、「事業拡大・事業継承のためのМ&A活用法」である。中村氏は、自分も今日参加している経営者のみなさんとまったく同じ想いで社長として日々経営に邁進していると話し始め、経営者は、①自分の夢や目標に向けて会社を大きく成長させて伸ばしたい。 ②星野さんの話にもあったように、大きくした会社を次の世代に残していきたい。この2つのために仕事をしているのではないかと語る。この2つの想いに対してМ&Aという手法が非常に有効であることを今日はぜひ知っていただきたいという。
そういう中村氏も、初めからМ&Aのことを知っていたわけではなかったそうだ。工学院大学の建築学科を卒業後、積水ハウスに入社。設計業務を経て、資産家を対象とした相続対策・資産運用の営業業務に従事する。その時、オーナーから会社の譲渡を考えているという相談が増えたことからМ&Aについて調べた結果、社会的にも経済的にも非常に大きな意義のあるM&Aアドバイザーという人たちの存在と活躍を知り、強烈な憧れを抱いたという。そして、転職を目指したわけだが、当時、この分野は銀行でも証券会社でも花形部門であって人気が高く、ましてや未経験者の採用などはなかったため、中村氏はМ&Aの勉強をしながら2005年10月、資本金300万円で起業する。積水ハウス時代と同様に、ひたすらオーナーのもとへ通って話を聴いてもらうことを続けているうちに少しずつ信頼を得ることができ、実績も上がっていったという。もちろん順調にとはいかない。何を見ても資金繰りが頭の中を巡っていくという2回の倒産危機も体験したが、2013年11月には東証マザーズ上場、2014年には東証一部上場を果たし、2016年10月には日本におけるМ&Aの草分けといわれる株式会社レコフとの経営統合を果たす。現在、事業継承型М&Aにおいては東証一部トップクラスの成績を上げている企業へと成長した。
М&A専門誌「MARR」によれば、国内企業がかかわったМ&A件数は2020年で4000件近くになり、この25年で8倍まで増えているという。なぜМ&Aの件数が増えているかについて、中村氏は売り手と買い手が増えているからと話す。買い手が増えている理由については、〝成長への時間を買うため〟、この一点に尽きるという。一方、売り手増加の理由の多くが後継者問題だ。子供がいれば家業として引き継いでいけるが、子供がいないケースも多い。また業界再編などによりМ&Aが一つの解決策になるケースも増えている。
日経新聞等でも最近よく目にするが、2025年には6割以上の経営者が70歳を超えるといわれており、現在、中小企業127万社に後継ぎがいないという状況だ。政府も大いなる危機感をもって税制での支援を行ったり、さまざまな対応策を打ち出している。じつは、倒産件数そのものは8000件ほどで、それほど増えてはいないのだと中村氏は語る。ところが、社長が会社を畳んでしまうという休廃業・解散件数は5万社近くまで増えてきていると語る。つまり、なくなっていく会社の5倍以上が、社長の意思での廃業であって、その大半は後継者がいない黒字廃業だというのである。黒字で事業はしっかりと回っていて、社員もいる。なのに、後継者不在が理由で会社を畳んでしまう。企業数が減少する現状ではいけないと中村氏は警鐘を鳴らす。もちろん、子どもがいないことだけでなく、いても社長に向かないというボンクラ息子問題もあるだろう。さらには、会社の負債が非常に大きく、継がせてしまうと子どもが不幸になるから継がせられないというケースもある。子どもがだめなら一緒に経営を支えてきた幹部に継がせるという方法も考えられるが、中村氏はこうしたケースを一件も見たことがないという。いい会社であればあるほど難しくなるというが、何千万、何億という価値のある株式をサラリーマンであった幹部が買い取ることは極めて難しく、オーナー社長自身が負っている個人連帯保証を承継することにも尻込みをする幹部が多いので、非常に悩みが深い問題だという。
もう一つは上場と株式の公開にかかわる問題だ。この方法はマーケットから資金調達をして会社をどんどん大きくしていきたいという人には向いているが、承継や引退といった目的には向いていないと断言する。中村氏は自身の状況を例にとり、万一、社長が事故や急病で亡くなってしまうと、奥さんと子ども1人の場合であれば、2人が株式を半分ずつ相続することになり、まず、10か月後に子どもだけが相続した株式評価額の半分に相当する額を納税しなければならず、早急に株式を現金化する必要に迫られると説明。急いで株を売ろうとすれば株価が暴落し、全株を売却したとしても相続税を払えない、これが現実だという。
こうした問題を解決するのに有効なのが、中村氏が手掛けている事業承継型のМ&Aだ。これなら、オーナーの株式を100%近く現金化することができ、相続税も2割の納税だけでよくなるため、大きな創業者利益を得られることにつながる。そのうえ個人連帯保証もすべて外すことができる。同時に、それだけの資金を提供できる相手と事業を一緒に行っていくことになるため、より強い財政基盤の中で会社の事業や雇用が守られることになる。だから、こうした選択をする人が増えているのだと笑顔で話す。
事業承継が経営課題の1つであると考えている経営者は8割以上いるが、それをプランに落として実行している人はごくわずか。ここに5割くらいのギャップがあるという。事業承継が具体的に進んでいかない理由の中には、①事業の将来性に不安がある。②任せられる人がいない。③借入に際しての個人保証がある。④自社株など個人資産の取り扱いをどうするか。⑤相続税・贈与税などの税金対策をどうするか。⑥何から手をつけていけばいいかわからない。等々の理由があり、簡単には決められない話だ。だが、全権を持っているオーナー経営者が10年後、20年後、30年後の会社のあるべき姿を見据えて、進むべき方向性を考えるべきだと中村さんは薦める。方法は一族承継でも、上場でも、М&Aでもいいのである。これを決めずに次の世代に先送りしてしまうと、争いなど、いろいろな禍根を残してしまうことが多いから、避けたいものだ。この後、中村氏は自分が関わって成功を収めたМ&Aの実例を紹介しながら、多くの経営者に友好的かつ発展的なМ&Aを使いこなしていってほしいと力説する。
最後に、中村氏はМ&Aが普及しない本当の理由を挙げた。それは手数料の壁だ。実際、成立するかどうかわからないのに、企業価値の算定費用や、仲介業務を依頼することでの多額の費用がかかるとなれば、なかなか積極的には動けない。残念なことに、現在、М&A業界では「総資産レーマン」、あるいは「エンタープライズバリューレーマン」といった方式が主流になっている。例えば、株式価格5億円、負債15億円という会社の場合、業界ルールで計算すると、移動総資産である20億円をベースに算出されるため、成功報酬は割高となってしまう。これではМ&Aが浸透することができないからと、М&Aキャピタルパートナーズでは、株式価格の5億円をベースに算出する「株価レーマン」方式を採用。これなら成功報酬額は「総資産レーマン」よりも圧倒的に低く抑えることができ、3倍の開きが出ることになる。しかも、企業価値の算定、着手金、月額報酬、交通費も一切なしで仕事を行っているという。結婚相談所を例に、中村氏はこう説明する。「実績のある相談所」で「相性診断も無料」「入会金・紹介料無料」「婚約するまで費用は一切無し」という形でのМ&A仲介会社を体現できれば、絶対、М&Aの普及につながると……。「決心に、真心でこたえる。」を掲げるМ&Aキャピタルパートナーズ。事業の拡大・継承を模索しているなら、〝友好的かつ発展的なM&A〟を選択肢の1つとして検討してみてはいかがだろうか。
2021年4月28日 文藝春秋にて開催 撮影/深野 未季
source : 文藝春秋 メディア事業局