“スカートめくり”をやめないオヤジたちへ
乃南氏
「いじってあげて、何が悪いのよ」
〈河村たかし市長もそう、張本さんもそう、時代が変わったことに気づいていない。以前は笑って済まされたことが、今はもう許されないことが分かっていない。だから反省もしないし、「何が悪いの」という感覚。ちょっと前までのオヤジって、ほとんどがあんなだったのよ。ホントに。〉
この夏、私がこうツイートしたのは、なにも、このオヤジたちに特別の憤りを覚えたからではありません。同じようなことを口にしたり、似たようなことをやってしまったりする男性は、決して珍しくはないでしょう。実際、その前には、森喜朗元首相の「女性が入ると会議に時間がかかる」という発言もありましたし。
いまでこそ、そうした時代錯誤の言動に対して「おかしい」と声を上げる人が徐々に増えてきましたが、「少なくとも平成の終わりころまでは、この手の人たちがゴロゴロいたんだよ」という気持ちでした。
8月4日、東京オリンピックのソフトボールで優勝した日本代表チームの1人、後藤希友選手の表敬訪問を受けた名古屋市長・河村たかし氏。自らリクエストし、首からかけてもらったメダルを持ち上げるとマスクを外し、突然かじりついた。その後も「元気な女の子は最高だわ」、「ええ旦那もらって」などと発言。名古屋市役所には、1日で4000件以上の苦情が殺到することとなった。
一連の事態を受け、市職員へあてて記したという直筆の謝罪文がレポート用紙に誤字混じりで書き殴られたものであったことから、さらなる炎上を招いた。
4日後の8月8日には、「サンデーモーニング」(TBS系)に出演した野球解説者の張本勲氏が、ボクシング女子フェザー級で金メダルを獲得した入江聖奈選手に触れ、「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴りあってね。こんな競技好きな人がいるんだ」などとコメント。日本ボクシング連盟から抗議を受け、翌週、番組の女性キャスターと司会の関口宏氏が謝罪した。張本氏自身はリモートで出演し、「今回は言い方を間違えて反省しています」と5秒足らずのコメントをしただけだった。
昭和の“オヤジ”たちは、多分、女性を差別しているつもりも、蔑視しているつもりも、さらさらないのでしょう。
「オネエちゃんをいじってあげて、何が悪いのよ」
彼らの頭の中は、この一言に尽きるのではないでしょうか。自覚のないことこそが、最大の問題だと思います。
河村市長も自身の行動を「最大の愛情表現だった」と弁明していました。あの世代の男性たちの中には、親しみを伝えるつもりで、「ちょっといいオッパイしているね」くらい当たり前に言っていた人も少なくなかった。私は28歳で作家デビューしましたが、それ以前は企業で働いていましたので、身をもって、そんな空気を知っています。
メダルにかじりついた河村市長
勘違いするオヤジたち
オヤジの横暴が当たり前にまかり通っていたとき、女性は「まあ、なんてことおっしゃるの」なんて、笑ってかわしてきました。いやな気持ちにはなりますが、ここで怒ると波風がたつ。
「上司だから」「クビになりたくない」「ここで怒って他の男の人に嫌われたくない」。彼女たちの“反撃”を阻む理由はいくらでもありました。痴漢に遭ったときになかなか言い出せないのと同じで、恥ずかしさもあります。
女性は耐えてきたとも言えるし、厳しい言い方になりますが、許してきてしまったとも言える。苦笑いを浮かべて、やりすごそうとする女性を見たオヤジたちは、喜んでいると勘違いして、つけあがっていったわけです。そんなオヤジたちの感覚は、そのまま平成を乗り越えて、とうとう令和まで生きてきてしまった。
女性の側にも、そうした「イジリ」に乗っかって、オヤジを上手に転がす人もいましたし。
「女性じゃないから大丈夫」
私は35歳で直木賞を受賞しましたが、デビューしてからそれまでの8年間は、「日本一、編集者運の悪い作家」と言われてきました。仕事上のつきあいなのに、「バレンタインには必ずチョコを持ってくるように」なんて軽い方です。まだセクハラという言葉がない頃から、下ネタを言われるのは当たり前。それ以上の経験もたくさんしてきました。
今でも覚えているのは、私が30歳を過ぎてから担当になった某社の編集者。同い年だったのですが、出会ってすぐ、彼に「乃南さんはもう“大みそか”なんだから」と言われました。意味がわからなくて聞き返すと、「いま31歳でしょ。もう後がないんだから」と。つい、「うまいな」なんて思ったりもしたのですが……。
それから彼のセクハラはだんだんひどくなっていきました。お酒が入ると、さらにひどくなる。私は仕事の話をしているつもりでしたが、何度も、「僕から欲しいものは何かないですか?」と言ってニヤニヤ笑っている。何かプレゼントでもしてくれるのかなと思いましたが、あれは性的な誘いでした。
そうしたことが何度もありましたが、2、3日後くらいに、趣味の悪いブローチとかハンカチとか、お詫びのつもりで贈ってくる。でも、次に打ち合わせで会うと、その手の言動はもっとひどくなって……という繰り返しでした。
ほかにも、夜中に電話をかけてきて、風俗店でどういうことをしてきたのか延々しゃべったりする人や、深夜に酔って私の自宅を訪ねてくる男性編集者もいました。
そんな連中は決まって、「乃南さんは女性じゃない。作家だからこういうことを言っても大丈夫」と口にしていました。
相手が嫌がるような言動を繰り返すオヤジたちは、「自分の行動が、相手にどう思われるか」ということが想像できていないのでしょう。
いってみれば、小学校で女の子のスカートめくりをしていた頃から、まったく成長していないようなもの。自分の言動が相手を不愉快にさせているとは露ほども思わないどころか、コミュニケーション手段の1つ、もっといえば愛情表現の1つだと思っているのかもしれません。
そんなオヤジたちは、「好きな人からされるのと、あなたからされるのは話が全然ちがうのよ」という女性の心理を理解できていない。
歩いているときに彼氏が腰に手を回してきても、「やだ、セクハラ!」とはなりません。でもそれを、まったく面識のない男性にやられたら、立派な痴漢。犯罪行為です。「愛情表現」とは、双方の気持ちがあってはじめて成り立つものであることがどうしてわからないのでしょう。
人間ドックで見た「怒鳴る男」
相手のことを考えず、自分だけの世界に生きているオヤジは、世の中にあふれています。以前、人間ドックを受けに行ったときにも目撃しました。
同じように検査を待つ中に、もうリタイアされたと思しき70歳前後のご夫婦がいました。品のある奥さまと、夫は恰幅がよく、きちんと整えられたロマンスグレー。
一見、品のいい人たちでしたが、検査室から戻ってきた夫は、なみなみ入った採尿カップを片手に、いきなり看護師さんへ、「これをどうするんだ! どうするんだ!」と怒鳴り散らしたのです。採尿が済んだら、個室の決まった場所へ置いてくるよう、再三、説明されていたのに。
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source : 文藝春秋 2021年10月号