稀代の随筆家、知られざる実像
虎視眈々、手練れの「日記読み」が、作家、内田百閒の姿を追う。日記という“歴史と人物の証言”に耳を澄ませ、糸目を細かく縫うようにして綴る気迫や執念。567ページにおよぶ大著に惹きつけられ、数日かけて一気に読み通した。
まず、すわ誤植か!? と一瞬ぎくりとさせるタイトル「百間」の表記について。一般には「百閒」と表記されるが、著者によれば、作家みずから「閒」の字を使い始めたのは昭和19年以降で、戦後から「閒」の字に変えた。著者が軸足を置くのは戦前・戦中期、つまり「百間」時代であるというメッセージである。なるほど、本書の見返しに使われている『南山壽』(昭和15年刊)の序文や奥付には「間」の字が認められ、装幀もまた用意周到。
内田百間をめぐる作品論や人物論は数多あるけれど、本格的な評伝は本邦初ではないか。近代史家の著者は、遺された日記や手紙、周囲の人物にまつわる膨大な資料を収集、明治・大正・昭和の時間軸と百間を綿密に交差させてゆく。
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source : 文藝春秋 2021年10月号