豪州がフランスを協力相手として進めてきた潜水艦開発を米国と英国との原子力潜水艦開発に切り替え、しかも豪英米ともそれを極秘裏に行ったとして、フランスは激烈な対米、対豪批判を繰り広げた。ルドリアン外相は「嘘をつき、欺瞞を語り、信頼関係に傷がついた」と豪英米の新防衛機構AUKUS3カ国を公然と非難した。なかでもバイデン政権に対しては「身勝手で、突然、それも一方的に決めたトランプ政権とどこが違うのか」と憤懣をぶつけた。
ただ、この対米批判の嵐も先月下旬のマクロン仏大統領とバイデン米大統領の電話会談でとりあえず収まったようである。米国は事前の調整に不手際があったことを認め、フランスは召還した駐米大使を帰任させた。
そもそも、豪州はなぜ、フランスから英米に乗り換えたのか。モリソン首相は豪英米の共同開発を発表した際、「我々がこの地域で何十年も享受してきた比較的温和な環境はもはやない。新たな挑戦を伴う新たな時代に突入したのだ」と述べている。中国を名指しはしていないが、「新たな挑戦」とは中国を指すことは明白である。
5年前に合意したフランスとの共同開発は、総事業費が当初の340億ユーロから560億ユーロ(約7兆2000億円)に膨れ上がり、開発計画も遅れ、豪州側は不満を募らせた。何よりも豪州軍が、仏製の潜水艦では中国に対峙するには能力的に不十分であるとの深刻な懸念を抱くようになった。フランスをはじめ欧州は、アジア太平洋の米国の同盟国や同志国が痛切に感じている対中脅威認識と対中恐怖感を十分に共有していない。そこに今回の豪州とフランスの破談の根本原因がある。
しかし、米国は豪州の実存的脅威感を正面から受け止めた。ニューヨーク・タイムズ紙の報道によれば、モリソン首相は今年に入ってから米国に原潜共同開発の話を持ち掛けた。バイデン大統領は「中国沿海に不意に現れることができてこそ対中抑止力だ」と言い、この提案を受け入れることを決断したという。中国は南シナ海に射程距離1万2000㎞の核ミサイル搭載原潜を配備する準備を進めている。冷戦時代、米原潜がオホーツク海のソ連原潜を執拗に追尾したように、米国は中国原潜を追尾する体制を整えなければならない。豪州の12隻の原潜が就航すれば米国が志向する同盟国との相乗効果を目指す統合抑止力(integrated deterrence)を高めることになる。豪州西岸のパースのスターリング海軍基地は将来、南シナ海をにらむ豪州の原潜の拠点であるとともに米国の原潜のアクセスポイントとなるだろう。
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source : 文藝春秋 2021年11月号