岸田は「安倍の呪縛」を断ち切れるか

赤坂太郎

ニュース 社会 政治
甘利ショック後の政権が直面する「人事」と「政策」のジレンマ

「甘利さんにはいてもらわないと困る」

 政権に何かと介入したがるあの人を、選挙で勝って黙らせるしかない――首相の岸田文雄が抱いていたその目論見は、思わぬところに落とし穴があった。

 つい2年前までは、当時首相だった安倍晋三がその座を岸田に“禅譲”するとみられていた。そんな2人の間には、今、乾いた冬の空気が入り込む。船出したばかりの岸田政権に一体何が起きているのか?

「政権選択選挙において信任をいただいた。自民党の単独過半数の結果を踏まえてしっかり政権運営を行っていく」。衆院選の大勢が判明した11月1日未明、自民党本部。与党で全ての衆院常任委員会で委員長ポストを独占し、全委員会で過半数の委員を確保できる「絶対安定多数」を得たにもかかわらず、岸田の表情は浮かなかった。

 その直前に小選挙区で落選した甘利明から自民党幹事長の辞意を伝えられていたからだ。選挙戦最終盤。甘利の劣勢を伝え聞いた岸田は「甘利さんにはいてもらわないと困る」と周囲に漏らしていた。

 甘利は、安倍、自民党副総裁の麻生太郎と並び「3Aスリーエー」と称される重鎮の一人。先の総裁選では、当初から岸田を推し、安倍とのパイプ役を務めて決選投票での勝利に導いた。そんな甘利への恩義から、岸田はURへの口利き疑惑がつきまとうのを承知で幹事長に据えた。

 岸田には就任早々、菅義偉政権からの“宿題”として10程度の衆院選小選挙区の候補者調整が残されていた。それを取り仕切ったのが甘利だ。公認の原則は「現職優先」だが、甘利は「地力に勝る候補優先」へと舵を切る。例えば、群馬1区では安倍が強く推す細田派の尾身朝子が現職だったが、勝利が見込める中曽根康隆に差し替えた。

 こうした動きが安倍の怒りを買わないはずがない。安倍に近い筋が「選挙後に、甘利と高市のポストを交換し、幹事長を高市にすればいいと安倍さんは考えている」と漏らすほどだった。岸田側近は甘利起用の狙いを「安倍さんの『風よけ』役だった」と明かす。

画像1
 
甘利明幹事長

人事をめぐる安倍との暗闘

 衆院選は岸田の思惑通りに進んだ。「新政権の熱があるうちに選挙したいと思います」。10月4日午前、国会での首班指名を控えた岸田は、安倍ら与党重鎮に電話で覚悟を伝えた。首相就任からわずか27日後の投開票。公示日も投票日も仏滅。異例の選挙だ。「決められない男がよく決めたな」。伝達を受けた一人は驚きを口にした。

「結果的には早めに選挙を打ったのは英断だった」と公明党幹部が振り返る通り、岸田は選挙前の下馬評を覆した。しかし同時に岸田は甘利を失うという痛手を負った。

 甘利なき今、岸田が最も頭を悩ませるのが最大派閥、細田派に影響力を持つ安倍との距離感だ。派閥会長で元官房長官の細田博之は衆院議長への就任が有力視されており、安倍が派閥に復帰するのが既定路線となっている。一方、岸田派は党内第5派閥に過ぎず、しかも選挙で議席を減少させた。それだけに、政権運営には安倍の協力が欠かせない。

 だが政権発足時の人事を巡って、早くも安倍との対立の萌芽があった。党3役のうち政調会長には安倍が総裁選で推した高市早苗が就任、総務会長には細田派のホープ福田達夫を抜擢した。国対委員長にも同派の高木毅が就いたほか、閣僚でも官邸の金庫を握る官房長官に松野博一を据えたのをはじめ、細田派は4つのポストを確保した。

 一見、安倍に最大限の配慮をしたかに見えるが、内実は異なる。岸田は、細田派に安倍系と非安倍系の流れがあることを踏まえて人事を行っていた。松野、高木は12年の総裁選で当時の派閥会長であった町村信孝を推しており、非安倍系だ。3回生議員を中心に「党風一新の会」を立ち上げた福田についても、「派閥による総裁選の締め付け反対」を打ち出したことで、安倍は不満を見せていた。この3人はいずれも総裁選で、安倍が推す高市ではなく岸田を支援していた。

 安倍は最も信頼する萩生田光一を幹事長や官房長官といった政権中枢に置くことを強く望んでいた。萩生田については岸田も平素から「総理になったら傍で支えて欲しい」と依頼していた。そうした流れを受けて朝日新聞は萩生田を官房長官に起用という大誤報を打った。しかしながら岸田は側近で官房副長官の木原誠二の「安倍カラーが強くなりすぎる」との進言を受け入れ、萩生田の官房長官起用を見送り、経済産業相に回した格好だ。

画像2
 
安倍晋三元総理

「大宏池会」を警戒

 さらに安倍を一層不快にさせたのは、麻生派、岸田派、谷垣グループの合流を視野に入れた「大宏池会構想」を志向する顔ぶれの起用である。3グループが合流すれば、細田派を上回る最大派閥に躍り出る。麻生派会長の麻生太郎が副総裁、同派幹部の甘利が幹事長、谷垣グループの遠藤利明が選対委員長と、3人に党の金庫と選挙采配が託された。さらに国家財政を担う財務相は麻生の義弟である鈴木俊一だ。しかも鈴木は「折をみて大宏池会を仕掛けてみる」と漏らしている人物だ。

「何やってんだよ」。この人事を見た安倍は、岸田への苛立ちを側近議員にぶつけた。それに対し、麻生は「安倍には『麻生はうまいこと副総裁になり、幹事長に甘利を持ってきた』と見えるんだろうな」と、ほくそ笑んだ。

 人事を巡る軋轢は、すでに至る場面で噴出している。首相就任後初となる所信表明演説案を検討する10月7日の臨時閣議。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2021年12月号

genre : ニュース 社会 政治