暗黒の90年代を乗り越えた彼女は……
レコード会社の移籍話
1989年の自殺未遂から約2年。中森明菜は、歌手としての本格復帰が見通せないなか、ニューヨークで無為な日々を過ごしていた。
シングルを3枚出したものの、アルバムの制作は未定。デビュー以来所属してきたワーナー・ミュージックとは契約上の繋がりのみで、もはや決裂状態にあった。テレビ番組の撮影で、ニューヨークに同行していたワーナーの宣伝スタッフも明菜を持て余していた頃、レコード会社の移籍話を持って、元ビクター社員の栃内克彦が現地に姿をみせた。
彼は明菜の自殺未遂後に設立された前所属事務所「コレクション」の元社長から依頼を受け、MCAビクターへの移籍後の打ち合わせに来たと告げた。
「何それ? そんな話聞いてないよ」
そして、栃内が改めて持参した契約書をみた明菜は「その実印もサインも私のじゃない」と不信感を露わにした――。
彼女の歌い手としての人生が、波乱とともに、また再び動き始めようとしていた。
栃内が振り返る。
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source : 文藝春秋 2021年12月号