贋作はなくならない

巻頭随筆

黒川 博行 作家
エンタメ 社会 読書 アート

 事件が明るみに出て自分の小説と似ていると思った。偽版画事件のことだ。わたしが今回の事件をどうみたか、ちょっとお話ししましょう。

 大阪の画商が奈良の版画作家に贋作を制作させ、美術オークションや大手百貨店で一枚数十万~数百万円で販売。今年9月、2人は警視庁に著作権法違反容疑で逮捕された。

 わたしは美大出身で妻が日本画家なこともあり、美術業界の知り合いが多い。彼らのツテを辿って取材し、これまで“贋作美術短篇シリーズ”を3作上梓した。そこで見聞したのはネットでは知ることのできない、魑魅魍魎の世界だった。

 昨年12月に刊行した『騙る』に「乾隆御墨」という一篇がある。今回の事件と同じで、画商が“を描き”贋作職人に偽の書画を制作させる。小説の世界では、この悪徳画商を懲らしめようと、さらなるコンゲーム(化かし合い)が繰り広げられていくが、現実はそうもいかないらしい。

 今回、平山郁夫、東山魁夷、片岡球子など、日本画の巨匠と称される画家たちの絵画を基にした版画が贋作だった。目の付け所が良いと思う。

 贋作の餌食になる画家の条件がある。まず、物故者であること。生前は画家自ら版画を確認できるから贋作の大量制作は難しい。テレビの某番組で鑑定される作品は物故者の作品ばかりを扱う。現存作家の作品も含めて無作為に鑑定していたら「真贋がちがう」と訴えられるリスクがあるからだろう。

 それから、物故作家が多作であること。今回、片岡球子の「桜咲く富士」の偽版画は20点以上確認されている。

 片岡球子は富士山を描いた作品が多い。平山郁夫もシルクロードシリーズを量産し、バブル期は美術界に毎年30億円もの利益をもたらしていたと聞く。

 なぜ、多作なのか。それは単純で、需要があるから。人は家に著名画家の絵(ただしそれは版画だが)を飾ることをステータスにしたい。だから画商は平山らに群がり多くの版画が複製された。

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source : 文藝春秋 2021年12月号

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