文藝春秋カンファレンス「ファイナンスDXで創り出すビジネスサイクルの好循環」が11月8日(月)、オンラインで開催された。
企業にとって喫緊の課題であるDX(デジタルトランスフォーメーション)について、バックオフィス、特にファイナンス業務に焦点を当てて考察。識者や、DXを支援する最新ツールを提供する事業者の知見が紹介された。
基調講演 「企業価値を高めるファイナンス思考とDX」
シニフィアン株式会社 共同代表
「ファイナンス思考」著者
朝倉 祐介氏
基調講演は、不振に陥ったミクシィ社CEOに2011年就任して立て直し、その後はベンチャーキャピタル、シニフィアンの共同代表を務め、「ファイナンス思考」などの著書がある、朝倉祐介氏が登壇。経営経験からの気付きとして「資本主義というゲームのルールであるファイナンスを理解することは、経済活動に携わるすべての人にとって非常に重要だ」と語った。
会社評価の尺度は、事業の一定期間の成果を計るPL(損益計算書)、保有する経営資源を示すBS(貸借対照表)がある。①BS上の負債と純資産からなる調達資金が、設備など会社の資産に変わる②資産を活用してPL上の収益、利益を上げる③PL上の利益がBS上の純資産の一部になる――というPLとBSをまたぐお金の流れの最適なコントロールが経営の役割になる。
しかし、経営者を含めて多くの人は「黒字だから問題ない」「増収増益が大事」と、目先の売上・利益最大化を至上とする思考「PL脳」に陥りがちだ。朝倉氏は「PLを良く見せるだけでは、未来に価値のある事業は作れない」と、企業価値を高めるファイナンス思考の重要性を強調する。
企業価値とは、会社が将来にわたって生み出すと期待されるキャッシュフローを現在価値で割り戻したもの。その企業価値を最大化するため、ファイナンスは、①外部から資金調達、②既存の資産・事業から最大限に資金創出、③事業や資産の買収・売却や大規模投資による資産の最適配分、④資金調達しやすい環境を整えるステークホルダーとのコミュニケーション――を行う。
「ファイナンス思考は、未来に価値を作る気概、投資する勇気など意志の問題。それがないために割を食うのは未来を生きる若い世代だ」と訴えた朝倉氏は、最後にDX(デジタル変革)について言及。今のDXの論調は、これまでの事業のあり方・アイデンティティをデジタルで変える必要を強調するが、「いきなり大上段に構えず、自分たちのやり方をデジタル化する『DXごっこ』から始めればいいと思う」と話した。
テーマ講演①
キリバ・ジャパン株式会社
ディレクター、トレジャリーアドバイザリー
下村 真輝氏
同じCFO(最高財務責任者)の下にありながら、経理業務が法令や会計基準に則って過去を正確に記録する役割なのに対し、財務業務は将来を予測・検証する役割を担う。多くの日本のグローバル企業が、実効性に課題を抱える財務業務について、クラウド型財務管理システムを提供するキリバの下村真輝氏は、資金状況、リスク・エクスポージャーをリアルタイムに可視化し、データに基づいて財務業務を変革する財務DXの必要性を訴えた。
財務業務は、手持ちの資金残高を把握して、必要となる資金を予測する。余剰資金は配当などに回し、資金不足なら外部やグループ内から調達する。そのためには、グループ内企業の資金ポジションの正確な把握が不可欠だが、グローバル展開する企業でも、エクセルによる手作業の月次集計が多い。その結果、海外子会社に余剰資金があるのに、コストをかけて外部から調達したり、運用機会を失ったり、といったムダが発生する。
不確実性が高まった現代では、経営や事業部門の意思決定を機動的に実行できるようにする資金手当て、拠点の移転などに伴って変化する為替リスク管理などが財務部門に求められている。
また、近年は海外グループ会社による巨額不正も目立つ。下村氏は「不正はキャッシュの動きに現れる」と、財務部門が月中のキャッシュフローを監視し、入出金データを銀行から直接取得するなどのチェックを働かせ、ガバナンスを強化することが不正抑止に有効だとした。
キリバの財務管理システムは、幅広い種類のERP(基幹システム)や会計システム、世界約1400の銀行システムと連携してきた実績があり、「マルチERP・マルチバンク接続」が特徴。資金の動きを自動で収集、可視化して資金効率や財務リスクを最適化、業務時間削減、不正の早期検知など、多様な切り口から投資対効果を生み出せる。下村氏は「デジタルをうまく活用して、財務が企業成長に貢献する環境を整えてほしい」と呼びかけた。
特別講演①
「DXで実現するビジネスプロセスの効率化とイノベーション創出の好循環」
~アフターコロナの成長戦略~
慶應義塾大学大学院
メディアデザイン研究科教授
岸 博幸氏
ワクチン接種率が7割を超え、新型コロナウイルスの感染状況はようやく落ち着いてきた。感染再拡大の懸念は残るものの、企業の間からは「これでようやく元に戻れる」と安堵の声が漏れる。だが、「ちょっと待って欲しい。コロナ前の日本経済は、戻りたいと思えるような状況だったのだろうか」。小泉政権で大臣補佐官などを歴任した元経済産業省官僚で、慶應義塾大学教授の岸博幸氏は、こう言って楽観をいさめた。
バブル崩壊後の1994年から2019年までの25年間、日本の名目GDPはわずか3%増。3倍になった米国、25.5倍の中国、3.5倍の韓国と比べようもない低成長で、コロナ前の日本経済は「暗黒時代」が続いていた。デフレや人口減の影響が挙げられるが、「低成長の主要な原因は、米国の3分の2の水準で低迷する生産性が最大の問題だ」と指摘する。
生産性向上には構造改革が有効だが、現政権では望み薄とした岸氏は、民間企業のDXに期待。「アウトプット/インプット」で計算される生産性の向上には、デジタル化で効率化してインプットを減らし、デジタルデータを活用してイノベーション創出、ビジネスモデル変革を進めてアウトプットを増やすDXを推進すべきだと強調した。
バックオフィスのDXは、企業が環境問題に対応するリソースを捻出するためにも欠かせない。金融市場は、環境情報開示、カーボンニュートラルなど厳しい要求を上場企業に突きつける。そこに多くの労力を割かなければならない企業はDXによる業務を省力化しなければならない。大手百貨店が畜産農家にエシカル対応を求めていることを例に、大手と取引がある中小企業にも同様に環境対応が求められるので注意が必要とした。
岸氏は「DXはアフターコロナの企業の生死を分ける取り組みになる。デジタル化の遅れを取り戻し、生産性向上という暗黒時代の宿題を片付け、環境などへの対応に活かしてチャンスをつかんでいただきたい」と訴えた。
テーマ講演②「改正間近だから知っておきたい!電子帳簿保存法の三原則」
株式会社マネーフォワード
マネーフォワードビジネスカンパニー クラウド経費本部
野永 裕希氏
来年1月から施行される改正電子帳簿保存法により、帳簿書類を電子的に保存する際の手続き等が大幅に見直される。会計、経費精算などバックオフィス向けクラウドサービスを提供するマネーフォワードの野永裕希氏は、
電子データで受領した領収書や請求書などを印刷して紙で保存することが認められなくなるといった、間近に迫った改正ポイントを解説した。
今回の改正では、紙での管理が原則だった国税関係の帳簿・書類を電子データで保存する際の要件が緩和され、ペーパーレス化したい企業も注目する。野永氏は改正について3つのポイントを挙げた。第1に、帳簿や損益計算書などの決算関係書類は、記録段階から一定の要件を満たしていれば、従来必要だった事前承認なしで、電磁的記録による保存が認められた。要件を満たした会計システムで対応すれば、紙に出力・保管する手間は不要になる。
第2がスキャナ保存。紙の領収書などの書類は紙での保存が一般的だが、スキャンしたデータを保存すれば、紙の原本保管は不要になる。従来、必要だった定期検査が廃止され、原本はスキャナ保存後すぐに破棄することが可能になる。ただし、タイムスタンプなどの改ざん防止や、一定以上の解像度や階調のカラー画像などの要件がある。スマートフォンで撮影した画像をメール転送する際に、画像が圧縮されて解像度が低下して要件を満たさなくなる可能性もあると、注意を促した。
第3は、ECサイトからダウンロードしたり、メール添付で受領したりした電子領収書・請求書などの扱いだ。電子データで受領した取引関係書類は電磁的記録のままの保存が義務づけられ、紙に印刷、保管する運用は不可となる。保存要件を満たすには、受領書類にタイムスタンプを付すか、国税庁サイトにサンプルがある訂正削除防止規程などが必要と説明した。
最後に、ペーパーレス化に向けての「持たず、作らず、持ち込ませず」の「非紙三原則」を提案。「システムだけでは、この課題は解決できない。全社一丸の体制、取引先との協力関係構築が必要だ」と訴えた。
テーマ講演③「請求書受領のデジタル化から始める、請求書業務の効率化」
~電帳法改正に備えた効率化のポイントとは~
Sansan株式会社
Bill One Unitプロダクトマーケティングマネジャー/公認会計士
柴野 亮氏
法人向けクラウド名刺管理サービスSansanが今年8月、請求書業務を担当するオフィスワーカー1000人を対象に行ったアンケート調査では、2022年1月施行の電子帳簿保存法改正について「内容まで知っている」という回答は1割に満たなかった。Sansanの柴野亮氏は、電子データで受領した請求書は電子のままでの保存が義務化され、ペーパーレス化などであえて電子保存したいケースだけにとどまらず、「電子請求書を受け取る際にも意識しなければならない法律になった」と注意を促す。
紙と電子データが混在する請求書管理は従来、電子データで受領した請求書を印刷し、紙で一元管理する企業が多かった。しかし、今後は紙と電子データで二元管理するか、電子データでの一元管理することが必要となる。柴野氏は「紙と電子両方での管理は複雑でミスが生じやすい」と、電子データへの一元化を推奨。しかし、法律の要件を満たして電子保存する業務に手間をかけたくはない。そこで、紙や電子どちらの請求書であって受領し正確にデータ化できるSansanのクラウド請求書サービス「Bill One(ビルワン)」を紹介した。
改正法は、改ざん防止のため、訂正削除不可もしくは履歴が残るシステムで管理するなど真実性の担保や、税務調査時に日付、取引先名、金額で請求書を検索できる可視性の担保といった要件を定めている。Bill Oneは、オンラインならBill One専用のメールアドレスに、郵送ならBill Oneが構える代理受領センターに請求書が送付されるようにすれば、99.9%の精度でデータ化する。処理状況のステータス確認、稟議書等のファイル添付など、一連の業務フローにも対応している。
柴野氏は「送付先を変更するだけ。受領側、発行側のどちらにも負担のない『やさしいDX』だ」と強調。請求書に関する、あらゆる作業やコミュニケーションをデジタル化することで「取引先企業も含めて会社全体の請求書処理に関わる業務を効率化できる。経理だけでは限界があった月次決算の加速も実現できる」とアピールした。
特別講演②
「ヘルスケアのトップイノベーター実現に向けた経営改革」
~CHUGAI DIGITALVISION 2030~
中外製薬株式会社
上席執行役員CFO
板垣 利明氏
成功確率は3万分の1、研究開発には平均で約8年、3000億円もの投資が必要とされる創薬。「このままではコストがかかり過ぎて患者、社会からの期待に応えられなくなる」と述べた中外製薬の板垣利明氏は、課題解決に向けてデジタルを使った同社の経営改革を紹介した。
同社は「世界のヘルスケア産業のトップイノベーター」を目指し、生産性の高いバリューチェーン構築と、リサーチ・早期臨床開発に経営資源を集中させるため、DXに注力。経営トップのコミットメントによる全社ゴト化と、従業員の共感による自分ゴト化を図って、DXを推進する組織風土づくりに取り組む。そのための体制として、若手有望社員を抜擢したデジタル戦略推進部を設置。IT部門は保守、運用をシェアードサービスにシフトしてソリューションの企画・提供に特化する仕組みにした。
トップイノベーターを目指すため、革新的新薬の創出や、真の個別化医療の実現を目指す。そこで、データ分析で医薬品候補となる物質を選び出すAI(人工知能)の研究や、生体データを取得するウエアラブルデバイスの開発も、IT系企業などと連携したオープンイノベーションで推進。部門ごとにサイロ化したデータを共有できる基盤も構築した。また、経営リソースを開発などに集中させるため、工場の生産現場、営業のマーケティングをデジタル化する効率化も進めている。
財務については、コンプライアンスやガバナンス、制度会計などの守りに時間がかかる原因には、不統一なルールなど制度的な問題、個別最適で連携不十分なシステムの乱立、ファイナンス機能がグループ会社ごとにあることで経営資源が分散――といった課題を指摘。定型業務は集約化、標準化、自動化しながら、財務分析や経営の参謀役としての財務専門性向上を目指す。
最後に、板垣氏は「DXにはゲームチェンジャーになる大きな可能性がある」と述べ、DX推進の必要性を重ねて強調した。
2021年11月8日 文藝春秋にて開催 撮影/末永 裕樹
注:登壇者の所属はイベント開催日当日のものとなります。
source : 文藝春秋 メディア事業局