2024年秋のアメリカ大統領選に向けて、トランプ元大統領は39歳(当時)のJ・D・ヴァンス氏を副大統領候補として指名した。ラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる中西部オハイオ州出身のヴァンス氏は、海兵隊でのイラク駐留を経て、大学・法科大学院で苦学した後、投資会社を立ち上げ、議員となった異色の経歴の持ち主である。地方における貧しい白人労働者層の暮らしを克明に描いた自身の回顧録『ヒルビリー・エレジー――アメリカの繁栄から取り残された白人たち』はベストセラーにもなった。
この回顧録では、ヴァンス氏自身がいかに過酷な子ども時代を生きてきたかが生々しく描写されている。父親は幼い頃に家を去り、母親は長年、薬物依存症を患った。母親は精神的に不安定であり、夫を次々に替え、息子は度重なる転居を余儀なくされた。家庭の中には常に怒鳴り声と暴力、薬物があった。母親は錯乱の中で、息子に心中を迫ることもあった。
ヴァンス氏は、そんな自らの過去を「逆境的児童期体験(Adverse Childhood Experiences:ACE(エース))」という用語で読み解く。ACEは幼少期の暮らしに根深く棲みついた「怪物」であり、自らの人生における超克の対象であると冷静に分析する。ヴァンス氏は当事者としてACEへの問題意識が強く、自伝によって社会の人々にACE問題を啓発した人物であるともいえる。
「逆境的児童期体験(ACE)」とは、18歳になるまでに経験された虐待・ネグレクト被害や、家庭の機能不全(家族の精神疾患、薬物・アルコール依存、DVへの曝露等)を指す。

アメリカで1990年代に始まったACE研究は、いまや国際的・学際的に広がっている。その主要な知見は、ACEが測定できること、測定されたACEスコアが、その後の人生における健康や社会経済的地位などと統計学的に無視できない関連をもつということである。
ACEスコアは、調査対象者に18歳になるまでの経験を思い出してもらい、該当する逆境体験の数を単純加算して算出される。多くのACE研究では、10の逆境体験項目が扱われる(身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、身体的ネグレクト、心理的ネグレクト、家族の精神疾患、家族の薬物・アルコール乱用、DVへの曝露、家族の服役、親との離別)。
たとえばヴァンス氏の場合は、身体的虐待、心理的虐待、家族の精神疾患、家族の薬物乱用、DVへの曝露、親との離別が該当し、ACEスコアは「6」と極めて高スコアとなる。
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