私はぼんやりとTVを見ていた。画面はカーリングのドイツ対日本の試合らしきものを映している。何十年も昔のスキー場が胸に疼く。雪国の冬空は真っ青に輝き、スキー日和なのに娘とわが夫はカーリングに興じていた。以来私はこの競技に関心を持てない。あの時から10日も経っているのに、私は呆けたようにTVを見続けている。
あの時というその時、フランスの空港からの娘の電話で心が凍えた。
「飛行機搭乗を拒否された! 3時間前に日本の国交省が全面的に日本入国を禁じたの!」
娘の憔悴した声を聴いて息が止まるほど驚いた。
「家族ヴィザだったのに」
「親が高齢でも、入院して危篤でもない限りダメ。午前中の便だったらよかったのに」
係りの人は気の毒がったという。
世界中がコロナというウイルスや変異株に苦しみ続けて2年になる。
フランスではコロナの前に、「黄色いヴェスト運動」という石油の税高騰に対して主に定期便運転手さんたちが起こしたデモが暴徒化し、略奪や焼打ちという大惨事に広がった。その寸前に、パリに着いた私は渡仏の目的も果たせないまますごすごと帰ってきた。メトロもバスも止まり、タクシーさえない。フランス人の権利主張は生半可ではないし、不平も言わず、自転車やローラースケートで通勤する市民は流石革命の国と感心した。
その暴動が1年続き、コロナが2年。つごう3年も私は娘一家に逢えないでいる。
日本人の清潔さや律儀さが功を奏したのか、秋ごろからパンデミックが世界の何処より落ち着いてきた。チャンス! 私は唯一の家族を呼び寄せた。私の離婚時の日本の法律は私が母親だったため娘に日本国籍をくれなかった。父親だったら国籍取得が出来た、という理不尽極まりない差別に私たち母娘は翻弄されてきた。
その後法律は改正されたが、時遅し。フランスの家族を捨て日本国籍を獲得できない! 娘は未だにフランス国籍のみ。日本国籍を持っていない。
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source : 文藝春秋 2022年2月号