還暦を迎えたロックミュージシャン。英国での再挑戦と異国で没していた父を語る
布袋さん
「これは一世一代の仕事になるな」
――布袋さんは1981年にロックバンド「BOØWY」のギタリストとしてデビューしました。昨年は活動40周年の節目でしたが、ツアーやアルバム制作に加えて、東京パラリンピック開会式に出演され、自ら書き下ろした『TSUBASA』『HIKARI』の2曲を演奏されました。伊藤若冲の日本画で派手に装飾された“デコトラ”に乗って登場し、全盲のギタリスト・田川ヒロアキさん、車いすに乗ったままギターを奏でる川崎昭仁さん、不登校児だったアヤコノさんらとともに行ったパフォーマンスは、パラリンピックの象徴的場面になりました。
布袋 組織委員会から頂いたのは、「WE HAVE WINGS(我々には翼がある)」という開会式のテーマの中で、上演される演劇「片翼の小さな飛行機の物語」のための楽曲を作るという依頼でした。翼がひとつしかないために飛び立つのを躊躇している少女が勇気を振り絞って、最後は20メートルの滑走路を片翼の小さな飛行機(車椅子)で駆け抜け飛び立つというロックミュージカルです。話を頂いたときから、「これは一世一代の仕事になるな」と思いました。
「布袋」と聞くと未だにBOØWY時代とか『スリル』のイントロなんかをイメージする人が多いようだけれど、僕はもともと映画音楽をよく聴いてきたし、バレエや舞台も好きで、身体にはいろんな音楽が流れているんです。でもテレビでは短い尺でヒット曲を歌わなければいけないし、ライブでもBOØWYの頃から築いてきたスタイルを期待するオーディエンスに応えてあげたい。その点、『TSUBASA』『HIKARI』はセルフイメージに縛られることなく、僕のギターの激しさ、躍動するようなリズム、泣きのメロディも含めて全てを表現できたと思っています。
パラ開会式での一幕
知られざる舞台裏
――東京パラリンピックのテーマの一つは「多様性と調和」でした。障害を持つ方や、多様なバックグラウンドを持つ共演者と迎えた開会式本番はいかがでしたか。
布袋 本番前は、とにかく無事にやり遂げたいということだけでした。出演者やスタッフの皆が描いてきた素晴らしいストーリーを滞りなく届けられますように、と祈るばかりでしたね。
僕と一緒にデコトラに乗ってパフォーマンスをした田川さん、川崎さん、アヤコノちゃんは大舞台に出ること自体が初体験だったわけで、当然ですが、みんな緊張していた。だから、「さあ行くぞ。俺たちが今日いちばん最高なんだ。俺を超えてみろ」って笑顔を見せながら冗談めかして声を掛けました。
じつは僕自身が柄にもなく緊張していたんです。僕はアトランタ五輪の閉会式で演奏したこともあるし、大舞台もたくさん踏んできたけれど、今回は皆の素晴らしい演出やパフォーマンスが無事に終わるかどうかが心配でならなかった。
デコトラは人力で押されて移動するので、車内は結構揺れたんです。踏ん張っていないとよろけてしまうほどでした。盲目の田川さんのために支柱があったり、川崎さんはスタッフに車いすをしっかり支えてもらっていたりしましたが、心配は増すばかりでした。新国立競技場のフィールドの中央まで移動し、ふと空を見上げたらポツリポツリと雨が降っていた。「川崎さんの車いす、滑らなきゃいいな」……そんなことを思っているうちに僕自身も変な緊張感に包まれてしまったんです。この雨の中、僕らは本当に大丈夫だろうか。
ご存じの通り、オリンピックもパラリンピックもコロナの影響から開催に否定的な声もあったし、開会式の出来によっては、僕自身が批判の矢面に立たされてしまうのではないかと家族も心配していました。それでも僕は「頑張っている人を応援するためにギターを弾いてきたんだ。断る理由なんてない」と出演を決めた。そんな紆余曲折を思い出し、脳裏に一抹の不安がよぎりました。
そのときに、ふと田川さんを見ると、彼は吹き抜けになっているデコトラの天井を見上げながら、雨を顔に受けてもニコニコと笑っていたんです。田川さんは全盲ですから、あの日の夜空や競技場に降る雨は彼には見えていない。でも身体で感じていたのかもしれません。笑顔で天を仰ぐ田川さんの姿があまりに美しくて、僕の中のすべてのわだかまりを洗い流してくれたようでした。「偏見や差別に克つ」というパラリンピックのスピリットを、あの日の皆のパフォーマンスで世界に発信できた。その実感がありました。
韓国人の父
――今月公開されたドキュメンタリー映画『Still Dreamin'』では、お父さんが韓国人であるという布袋さんのルーツの一つが明らかにされています。布袋さんが幼少期の頃は、まだ偏見が残っている時代だったと思います。布袋さんは今、自身の出自をどう捉えていますか。
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