罰金53億円、複数女性への性的暴行……。超ド級の醜聞ひしめく中国の歪んだエンタメ事情
高口氏
脱税とスキャンダル
「2021年は、中国芸能界にとっては悪夢の1年となった」——こんな言葉がささやかれるほど、昨年は醜聞が続出した。飛び交うビッグマネー、爛れた性生活、“劣跡”(悪行)が横行する中国芸能界を利用して、中国共産党は自らを正義の使者として位置づけようとしている。
数々の大作テレビドラマで主演を演じてきた鄭爽。日本でいうなら石原さとみ・長澤まさみクラスの清純派看板女優だが、秘密裡の結婚からの離婚調停、泥沼の訴訟、カネにモノを言わせた代理母出産、そして脱税とスキャンダルが噴出した。
鄭は1991年生まれ。数々の名優を生み出してきた北京電影学院の出身だ。在学中に出演したドラマがヒットし、以来10年以上にわたり中国のトップ女優として君臨してきた。だが、昨年のスキャンダルですべてを失ってしまった。
発端となったのは鄭が起こした裁判だ。彼氏と噂されていた俳優・張恒に対し2000万元(約3億6000万円)の返済を求めるものであったが、2人は恋人どころか秘密裡に結婚しており、さらには離婚訴訟まで始まっていることが明らかとなったのだ。
清純派女優の結婚、離婚となればそれだけでビッグニュースだが、話は終わらない。訴えられた元夫の張は当時米国に滞在中だったが、「借金から逃れるために高飛びしたのではない。2人の小さな命を守るためだ」との文章をインターネットで発表したのだ。実は両者の間には子どもがいたのだが、それは鄭がお腹を痛めて産んだ子ではなかった。米国で代理母を探して作った子どもであった。
中国の富裕層では米国への出産旅行は珍しい話ではない。出生地主義を取る米国では、両親の国籍を問わず米国領内で生まれた子どもには米国籍が与えられることが要因だ。一時はサイパン、グアムの産婦人科病院が中国人でパンクしたほどだ。
だが、代理母を使った出産となれば話は別だ。しかも子どもは双子ではなく、同時に2人の代理母を雇うという、金に物を言わせたやり口で作っている。代理母出産は中国国内では違法行為だ。鄭は「米国では合法だ」と弁明したが、人々の怒りは高まるばかりだった。カネとコネがあればなんでもできるのが中国社会とはいえ、ここまでやるのか、と。
代理出産、脱税が露見した鄭爽
1本30億円の出演料
世間にさらなる衝撃を与えたのは、張が公開した音源だ。離婚の話し合いにおいて、鄭は「子どもはもう妊娠7カ月で中絶もできない。クソッタレ、面倒だ」と言い放っていた。ドラマで見せる顔とはまったく違う真実の姿だ。
世論の怒りを受け、中国当局は動いた。テレビや映画を管轄する国家ラジオテレビ総局は、鄭を人民の模範たりえない「劣跡芸人」(悪行芸能人)と指弾した。公開予定の作品から出演シーンが削除されたほか、過去の作品も配信中止にされたりモザイク処理されて顔を隠された。
そして8月、上海市税務局が鄭を脱税で摘発し、2億9900万元(約53億8000万円)もの追徴課税等を科した。脱税のほとんどは2019年撮影のドラマ「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」の出演料だ。契約書では4800万元(約8億6400万円)とされたが、実際には1億6400万元(約30億円)だった。差額分は鄭の個人事務所への出資という形で処理されたという。
1本30億円という出演料には驚くしかない。問題のドラマは全60話の予定で、1話あたり5000万円になる。日本のトップ女優の10倍以上という破格の金額だ。
カネになるビジネスには一気に人が集まり過当競争になるのが中国だ。ドラマや映画も山のように作られており、固定客を持つ有名俳優、トップ女優がいなければ、誰にも見られぬまま埋もれてしまう。そこで、客を呼べる有名人の出演料は近年、天井知らずで高騰していた。
この状況を是正しようと、出演料は全制作費の40%以内、主演俳優のギャラは全出演料の70%以内に抑えるという業界団体のガイドラインが発表されていたが、守られなかったことになる。ちなみに、今年2月に発表された「第14次5カ年計画中国ドラマ発展計画」に同様の規定が盛り込まれ、出演料規制はより強制力の強い業界規制へと格上げされている。
性的暴行で芸能生命が終わり
鄭と並ぶ特大級のゴシップとなったのが、呉亦凡(クリス・ウー)の性的暴行事件だ。クリスは1990年生まれの中国系カナダ人だ。韓国の人気アイドルグループ「EXO」のメンバーとしてデビューしたが、脱退しソロアイドルとなった。日本でも韓流ファンを中心に少なからぬファンを持つスターだ。
若いイケメン芸能人を中国語で「小鮮肉」と言う。小(若く)、鮮(フレッシュですれてない)、肉(スタイルがいい)との意味だが、クリスはその代表格で、「弟にしたい」とかわいがる女性をファンに集めていた。しかし、その素顔はすれていないどころか、ドロドロの悪徳に染まっていたようだ。
昨年7月、「決戦書」なる文章が中国のネットを騒がせた。美人インフルエンサーの都美竹の告発文で、クリスと肉体関係にあったが捨てられたこと、自分以外にも多くの女性がその毒牙にかかっていることを明かしたのだ。
中国の芸能界に詳しいマーケティング企業「エーランド」の安田加奈子代表によると、近年、中国でも大きなうねりとなっている「 # MeToo運動」が背景にあるという。性暴力とセクハラの被害を積極的に公開し社会を変えていこうというトレンドだが、都が「こんな告発をすれば尻軽女と世間から叩かれるかもしれないが、他の女性のためにも私は引かない」と啖呵を切ったことで、大きな支持を集めた。
その反響はすさまじく、決戦書の公開から24時間後には、クリスと広告契約を交わしていた企業11社はすべて契約打ち切り、または一時中止を発表した。中国メディアによると、クリスの広告契約料は中国トップクラスで、1社あたり年1500万元(約2億7000万円)にのぼる。広告だけで約30億円を稼いでいた計算だが、この告発ですべてを失ったばかりか、契約料の数倍に及ぶ違約金が請求されることとなった。
いや、単に芸能人生命を絶たれただけでは済まず、懲役刑を受ける可能性が高い。7月下旬、北京市警察はこの問題の捜査結果を発表した。クリスは「ミュージックビデオの出演面接」を口実にして、都を自宅に呼び出し関係を持ったという。その後、2人はしばらく交際関係にあったが、クリスは別の女性と関係を持つようになり、関係は決裂した。
詳細は不明だが、同様に複数の女性との関係も明るみに出た。一時は交際関係にあったとはいえ、クリスは強姦罪で立件される可能性が高い。中国では強姦は懲役3年から10年の量刑だが、複数の女性が被害に遭ったこと、未成年が被害に遭ったことで悪質と判断された場合には、死刑の可能性まであるという。
クリスが「莫大な資産を持つ芸能界のスター」であり、「カナダ国籍の外国人」であることから、中国国民の間では、二重の特権に守られて軽微な処罰に終わるとの噂もあったが、これを打ち消すように、中国共産党中央紀律委員会は「絶対に手を緩めない」との声明を発表している。
中央紀律委員会は汚職官僚など党紀違反を摘発する部局であり、一般犯罪には無関係のはずだが、金持ちであれ外国人であれ、習近平政権は悪を見逃さないとアピールした格好だ。この大見得を切ってしまった以上、クリスには通常よりも厳しい判決が下されることは間違いない。クリスは「悪を制裁する中国共産党」という姿勢をアピールするための犠牲になったとも言えそうだ。
性的暴行が発覚した呉亦凡
ビビアン・スーとダブル不倫?
昨年の中国芸能界のスキャンダルはこれだけではない。
イケメンのシンガーソングライターとして人気があった霍尊は、売れない時代から交際を続けてきた彼女と別れようとするも、手切れ金でもめた結果、暴力を振るってきた過去や「オレのような男と一緒に居られるだけで、女は感謝すべき」といった居丈高な言動がさらされ、芸能界を追放処分に。
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source : 文藝春秋 2022年4月号