「これまでのようなアメリカに戻る」という楽観論を疑え
「パラノイアだけが生き残る」。インテルを世界的企業に育てたアンドリュー・グローブは、かつてそう言い切った。病的なまでの心配性だけが、事業を根底から覆す「戦略転換点」を見逃さずに済む、というのである。企業に必要なのは、いわば「消防署の事業計画」とでもいうべきものだ。火事がいつ起きるかは分からない。しかし、起きた日のために人員と装備と手順を平時から整えておく組織だけが、市民を守ることができる。
その戒めは国際政治にも当てはまる。最悪への備えを語ることは、悲観主義者の趣味ではない。生き残るための戦略的思考そのものである。この連載の底線思考を、今回はアメリカの内部に向けてみたい。
アメリカはまだ強い。しかし、その強さを支えてきた社会、制度の前提に大きな亀裂が走っている。この前提に立ったうえで底線思考を導入して、これまでのようなアメリカに戻るはずだという安心材料を疑ってみる。さらに、いかなる政治的情念と力学で、世界にとって譲れないアメリカ政治の底線が割れかねないのか考えていこう。
建国250年、割れた自画像
本年7月4日、アメリカ合衆国の首都ワシントンでは、独立宣言の採択250周年を祝う盛大な花火が打ち上がった。トランプ大統領は、この日のために用意された一連の行事を「史上最大のトランプ集会」と自画自賛したが、不透明な資金問題や、キリスト教ナショナリズムの強い演出に批判が寄せられた。建国の父たちが構想したアメリカ合衆国には近年、大きな軋みが生じている。
6月に公共放送のPBSなどが実施した全米調査からは、アメリカ市民が描く自画像の混乱が窺われる。83%の市民が「建国の理念から離れてしまった」と現状を嘆き、うち「大きく離れてしまった」と答えた人々は47%に上る。50年前、建国200年の際の調査と比べれば17ポイントの上昇である。民主主義の未来が深刻な脅威に直面していると答えた市民も82%に上っている。米国人であることに誇りを持つと答えた人々は65%。ここには党派性が見られ、共和党支持者では93%、民主党支持者では45%、無党派層では61%と分裂している。国を正すには暴力に訴える必要があるかもしれないと答えた人々は37%であり、うち12%は強く同意している。原因の見立ては党派で分かれているように見えるが、現状への不満、そして国の将来への不安が広く共有されている。

しかし、この状況は一見奇妙に映る。というのも、アメリカの国力自体は依然として傑出したままだからである。直近2年間の実質GDP成長率はユーロ圏や英国の約2倍だ。米ドルは依然として世界の外貨準備の6割弱を占めているし、近年ではシェール革命により、液化天然ガス(LNG)の世界最大の輸出国にもなった。民生・軍事を問わず科学技術の面でも依然として世界のトップランナーであるし、米軍の実力も経験値も、未だに世界で傑出したものであり続けている。
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