著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、俵万智さん(歌人)です。
「家事検定」というものがあったら、間違いなく1級だと思う。久しぶりに、仙台の両親が住むマンションを訪ねて思った。母は今年86歳。さすがに体力がなくなって、日常の買い物や父の通院の付き添いなどを人に手伝ってもらっているのだが、その人が急に来られなくなり、私がピンチヒッターをつとめた。
「最近疲れやすくて、掃除も手抜き」という部屋は、私から見れば綺麗すぎるほど。衣類から文具に至るまで、あらゆるものが整然と分類され、収納されている。普段は何かと出しっぱなしの私も、放置しているとやたら目立つので、そそくさと元の場所に戻す。なるほど、これが片付いている家の流れなんだなと思う。
60にして、洗濯物の干し方を習得した。検定なら、私のやり方は30点というところか。裏返しにするのは基本中の基本、タオルなどはなるべく重ねず、鉄棒から落ちかけている人の手のようにする。台所もピカピカだ。母の口癖は「油は冷えるまでは水!」。飛び散った油も熱いうちなら一拭きで落ちる。玉子を茹でたお湯を、すかさずプラスチックの玉子ケースにかければ、あの嵩張るプラごみが、シュッと小さくなってしまった。これは、すぐにでもマネしたい。極めつけは風呂。毎回、壁も床もタオルで拭き上げる。これは、一生マネできない。そして使ったバスタオル類は、すぐに洗濯機には入れず翌朝までベランダに干しておく。この家には、くっさいタオルが1枚もない。
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source : 文藝春秋 2022年9月号