「いつかあなたは、私を愛するのよ。遅かれ早かれ私のものに……」

　1970年代に一世を風靡したスペインの美人歌手、ロシオ・ドゥルカルの名曲『あなたが大好き』を、テーブルを囲む6人の高齢者が声を揃えて歌っている。彼らはリズムに乗って両手を宙で遊ばせ、生き生き目を輝かせながら、まるで子供のようにはしゃいでいた。

　スペイン北部のアストゥリアス自治州にあるヒホン。かつて鉱山、製鉄、酪農で栄えた人口27万人の小都市に、現在、国内外で脚光を浴びている特別養護老人施設「プラサ・レアル」がある。

　敷地面積8500平方メートルの荘厳な建物には、主として認知症患者90人と脳障害を抱える患者など合計152人が生活している。入所費は月額1700ユーロ（約21万円）で、比較的裕福な人が入所することが多いという。

　このプラサ・レアルでは、他のヨーロッパ諸国では例を見ない認知症患者に向けた特別なセラピーが行われている。その名はタイムスリップ療法。施設ではこのセラピーに「想起」または「懐古」を意味する「Reminiscencia」という単語を当てはめており、設備や食事などを工夫することで入所者に“時代を遡る”感覚を抱かせるというものだ。

　プラサ・レアルの玄関には、ホテルのドアボーイのような黒装束の受付係がいる。「オラ（こんにちは）」と、颯爽たる笑顔で挨拶をしてくれた。左手の大広間に目を向けると、十数人の高齢者が、私に向かって手を振ってみたり、興味津々の眼差しを向けたりしていた。東洋人の来客が珍しく、彼らの視覚を刺激したのかもしれない。ソファに座ってバラエティ番組をただ呆然と凝視する老人たち、バラの花を持って壁の前で独り言を呟く老女、真珠やゴールドの宝石で身を飾る白いドレスのおしゃれな老婆、車椅子でぬいぐるみを抱きかかえて眠る老女など、入所者たちは何をするわけでもなく、流れ行く時間に気持ち良さそうに身を任せていた。

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