ジャーナリストの大西康之さんが、世界で活躍する“破格の経営者たち”を描く人物評伝シリーズ。今月紹介するのは、キム・ボムソク(Kim Beomseok、クーパン創業者)です。
キム・ボムソク
©ロイター=共同
「最強のEC(電子商取引)企業」として知られる米アマゾン・ドット・コムの創業者、ジェフ・ベゾスは「絶対に勝てる喧嘩」しかしない。世界のEC市場を支配していると思われがちだが、実際に事業を展開しているのは米、英、日本、中国など21ヶ国だけ。市場が小さく投資に見合わない、または強力な地場EC企業がいて苦戦を強いられそうな国には手を出さない。その一つが韓国だ。
ジェトロによると韓国のEC市場は2018年に38兆ウォンと5年間で3倍に成長し、その後も拡大が続いている。この成長市場にベゾスが手を出さない理由の一つが、2010年創業の新興EC企業クーパンという会社の存在だと言われている。
大手会計事務所デロイト・トウシュ・トーマツが、2020年に世界の小売企業の過去5年間の年平均成長率を調べたところ、66%でトップに立ったのがこの会社だった。本家アマゾンの3倍を超えるスピードで成長している。
創業者のキム・ボムソク(通称ボム・キム)は1978年にソウルで生まれ、巨大財閥、現代グループで働く父親の転勤で米国に移住した。マサチューセッツ州の寄宿学校に通い、ハーバード大学に進んで行政学を専攻する。その後、一旦、韓国に戻ってソウル国立大学で学ぶが2010年、MBA(経営学修士)の取得を目指してハーバード・ビジネス・スクールに。しかし半年で中退し『カレント』という学生向けの雑誌を発刊した。
短期間ボストンコンサルティンググループで働いたキムはベンチャー投資家から400万ドル(約5億円)を調達して別の雑誌を創刊。その後、クーパンを立ち上げる。
クーパンは初め、ウェブサイトで企業のクーポンを共同購入する「グルーポン」のビジネス・モデルを模倣した会社だった。韓国の消費者を対象にしたサービスだが、資金調達をしやすくするため本社は米国に置いた。当時、ネットでクーポンを配る会社は韓国に30社近くあったが、キムは100万ドルを投じてフェイスブックに広告を掲載。一気に知名度を上げた。
しかし大企業の販促を手伝うクーポン・ビジネスの利益率は低く、利用者は値引率の良いクーポンを求めてサイトを渡り歩く。キムが次に目をつけたのは米イーベイがやっているマーケットプレイス型のECだった。ネット上に仮想のショッピングモールを作り、ECをやりたい店舗を出店させる方式だ。
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source : 文藝春秋 2022年11月号