ジャーナリストの大西康之さんが、世界で活躍する“破格の経営者たち”を描く人物評伝シリーズ。今月紹介するのは、ナン・ランソホフ(Nan Ransohoff、ストライプ社Head of Climate)です。
ナン・ランソホフ
Twitter(@nanransohoff)より
「起業家や研究者、投資家に永続的炭素除去の市場が存在することを宣言したいと思います。技術を開発して頂ければ、購入します」
2022年4月12日、「脱炭素の女王」は世界へこう叫んだ。35歳の若さで米IT企業ストライプの「気候変動事業最高責任者」を務める彼女の名はナン・ランソホフ。
この日、ストライプとグーグルの親会社アルファベット、旧フェイスブックのメタ・プラットフォームズ、EC(インターネットショッピング)大手のショッピファイ、コンサル大手の子会社マッキンゼー・サステナビリティの5社は、永久的炭素除去技術を開発するベンチャー企業に今後9年間で9億2500万ドル(約1300億円)を投資する「Frontier(フロンティア)」を立ち上げた。
ストライプ以外の4社を説得したのがランソホフ。女王がやろうとしているのは「二酸化炭素の排出削減」ではない。大気中や地中にある二酸化炭素を捕まえ、年間60億トンを永久的に除去してしまおうという壮大な試みだ。
フロンティアの1300億円はいわゆる「見せ金」。自分たちがリード役となって、他の出資者や専門家とともに選び抜いたスタートアップを支援。この中から成功する企業が生まれれば「脱炭素のゴールドラッシュ」が起きる。
炭素除去の技術はすでにあるが、いずれも発展途上。2021年時点で大気中から永久的に除去された二酸化炭素は1万トンにも及ばない。スイスのジュネーブに本部を置く地球温暖化についての研究をする政府間組織「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」が目標とする、「産業革命以後の気温上昇を1.5℃以内にする」ためには、2050年までに年間平均約60億トンの二酸化炭素を除去する必要がある。
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source : 文藝春秋 2022年10月号