中立のリアリストか、はたまた中国共産党のデマゴーグか?
安田氏
中国当局の主張を補強する映像作品
中国の外交官らが、西側諸国に対して攻撃的な言動をおこなう「戦狼外交」が盛んな昨今。これに並行して目立つのが、中国に迎合し、体制を積極的に肯定するかのような言動をとる日本人たちの存在だ。
戦狼外交で有名な中国総領事と活発に交流イベントをおこなう学生団体や、総領事の発言をSNSで拡散したり夕刊紙にインタビュー記事を寄稿したりしている複数のジャーナリスト、上海と新疆に拠点を置き中国政府を肯定する情報発信を続ける企業家など、事例は数多い。
中国の歴史や文化のみならず、共産党政権やその政策も好意的に評価する――。日中両国の国交が成立した50年前、毛沢東体制を賛美していた日中友好人士の時代以来、久しぶりに生じた現象である。
そのなかでも大物が、江蘇省南京市在住の映像ドキュメンタリー監督・竹内亮(43)だ。近年、習近平政権のゼロコロナ政策の「成功」をはじめ、中国当局の主張を補強する映像作品を続々と発表。中国社会では広く知られた日本人である。
「日本って、ニュースが大げさじゃないですか。ここは毎日モノがないわけではないんですけど」
「普段とそんなに変わらないよ!」
2022年4月、竹内はロックダウン中の上海の外国人を特集したこんな動画を発表した。地区によっては食糧不足で混乱が広がる状況でリリースされた脳天気な内容に、在中邦人の間では「どこに向けて作品を作っているのか」と苛立つ声が上がった。だが、本人はどこ吹く風だ。
往年の日中友好人士の動機には、社会主義への理想や日本の対中侵略への贖罪意識があった。ならば令和時代の「親中日本人」を動かす理由は何か。直接その声に迫った。
竹内亮氏
「政治的に正しい」映像監督
竹内は2014年、南京市で映像制作会社「和之夢(ホオヂーモン)」(ワノユメ)を妻と設立。日中両国の風土や人々を紹介する映像を配信してきた。だが、中国発のコロナ禍が広がった2020年以降、当局との距離を急速に縮めていく。
最初の契機は、同年3月に南京市のコロナ対策の成功を伝えた動画に市のトップ(党委員会書記)である張敬華が感謝の意を示したことだ。
ほどなく竹内は、同年6月に武漢市のコロナ復興を描いた『好久不見、武漢』(お久しぶりです、武漢)、翌年1月には中国が防疫政策に成功してコロナ後の時代に入ったとする『後疫情時代』(アフターコロナ時代)などの映像作品を次々と発表する。いずれも政策のポジティブ面を伝え、初動の混乱で生じた市民の被害やロックダウン下の人権侵害にはほぼ言及しない内容だ。
当時、中国当局は自国の国民管理体制に由来したコロナ対策の正しさを誇っており、竹内の作品はそうした見解を強く補強する内容だった。
結果、彼は中国で一気に名を知られていく。まず2020年12月30日、党中央機関紙『人民日報』ウェブ版がトップ記事で彼を報道。さらに2021年1月6日には、中国外交部の記者会見で華春瑩報道官が『後疫情時代』を名指しで「中国の取り組みの真実を偏見なく記録した」と大絶賛した。
いっぽう、竹内は同年2月12日、「世界で一番手に入れるのが難しい」(本人ツイッター)とされる中国の永住権(永久居留身分証)を取得。同年5月17日には、なんと中国の公務員試験で「竹内亮」の名前を選択する問題までも出題された。
中国において、当局が個人や作品を賛美する行動は、ときの政権から見た「政治的に正しい」存在にお墨付きを与えることを意味する。
コロナ禍以来、中国社会は海外との接点が激減し、内向きムードが強まった。また、習近平政権はゼロコロナ政策の正しさを強調する目的から、愛国・愛党を旗印とする国民向けの宣伝をいっそう強化した。
結果、当局の主張に対する庶民の信頼感は増幅され、「政治的に正しい」竹内の人気も高まった。
「日本では中国の悪いことを伝える報道が多い。でも、亮叔(リャンシュー)(=竹内)の動画は、中国のいい部分をたくさん伝えているんです」
今年9月17日、一時帰国中の竹内が有明で開いたファンイベント会場で、25歳の中国人女性はそう評している。
中国外務省の華春瑩・報道局長も竹内氏を絶賛
息子を人民解放軍式訓練に
〈息子が21日間の軍隊サマーキャンプから帰って来た。運動も勉強も嫌いでゲーム大好きな息子だが、成長して帰って来た。「男子三日会わざれば刮目して見よ」とはこの事だ〉
竹内は2020年8月16日、ツイッターにこう投稿した。
文章とともにアップされていたのは、左肩に中国国旗が縫い付けられた軍服姿で、銃らしきものを抱えた10代前半の少年の写真。背後の迷彩色の車両には「聴党指揮,能打勝仗,作風優良」(中国共産党の指揮を聞けば勝利でき、良き振る舞いができる)とスローガンが書かれたプラカードが貼り付けられている。
少年は竹内の息子だ。撮影地は蘇州野狼軍事夏令営。江蘇省にある児童向けの軍事教育施設だった。
トップに「永遠跟党走」(永遠に党とともに歩む)と書かれた同施設のホームページによると、設立は2010年。中国人民解放軍で5年以上勤務した元軍人のもと、軍隊式の厳しい訓練で児童の生活習慣を改める教育が売りだ。コースは数日間からあるが、竹内は息子を計21日間のヘビーなコースに送っている。
軍隊が身近な中国において、同様の児童教育施設は近年人気である。しかし、広東省を拠点に25年間在住し、中国人の妻を持つ企業経営者の男性(46)は話す。
「違和感は大きい。たとえ配偶者が中国人でも、日本人として越えるべきではない一線がある。自分の子を行かせたいとは絶対に思えない」
人民解放軍は、1989年の天安門事件で数千人(諸説あり)の学生や市民を虐殺した軍隊だ。
いかに行儀見習いが目的でも、わが子にそんな軍の銃を持たせ、毛沢東思想や党の指導を賛美する軍歌をあえて歌わせたいと考える日本人は、普通ならばまずいない。
竹内はどのような人物なのか?
千葉県出身の彼は、専門学校を卒業後にテレビ東京「ガイアの夜明け」やNHK「長江 天と地の大紀行」などの制作に携わる。ただ、いずれも大手局の下請けを担う制作会社のいち社員としての仕事だった。
やがて中国人女性と結婚し、2012年に中国移住を決定。2年後、妻の趙萍(ヂャオピン)の故郷で「和之夢」を設立した。ちょうど「中国夢(ヂョングォモン)」(中国の夢)を掲げた習近平政権が成立した翌年のことだった。
口癖は「ニセ日本人」
2015年から、在中日本人や在日中国人が主人公の映像シリーズ『我住在這里的理由』(私がここに住む理由)を配信し、ジワジワ評判を広げた。2017年に彼を取材した日本の大手通信社の記者は話す。
「撮影時はタメ口に近い口調で、初対面の相手にもグイグイ話しかける。事前にストーリーを作らず、台本無しの撮影にこだわっていた」
テレビ業界出身者らしいラフな服装と振る舞いで、日本の映像制作・編集技術を用いつつ、中国人スタッフと中国語でドキュメンタリーを作る。そんな彼の作品が、現地の対日感情を和らげ、新しいタイプの日中の架け橋となったのも事実だった。
2018年に竹内の密着取材を受けた、北京在住の40代の日本人女性は、当時の様子をこう話す。
「中国での活動が楽しくて仕方ない様子でした。若い中国人の軽薄なノリを過剰に受け入れている印象もあり、『僕はニセ日本人(假日本人・ジャアリーベンレン)』が口グセ。周囲のスタッフも似たような陽気な感じの人が多かった」
とはいえ、現実の中国は明るいノリだけで向き合える国ではない。この女性は当時、当局に睨まれやすい立場の中国人アーティストの公演をサポートする仕事に就いていた。
「ひどい現場でした。地元の政府関係者が、プレッシャーを与える目的で会場の最前列にぎっちり座り、公演中に立ち上がった聴衆を公安がサスマタで押さえつける。しかし竹内氏は、撮影中もその後の配信でも、中国のそうした政治的な問題は目に入っていないように見えました」
政治的リスクへの無関心は、和之夢に今年7月まで勤務した元社員の日本人女性・柚子(ヨウヅ)(28)の証言からも垣間見える。
「中国政府に媚びたい考えはない。でも、人民日報や外交部の記者会見で取り上げられることには、『有名になってうれしいな』という感覚しかありませんでした」
こうしたイノセントさが「赤化」の素地となったのか。制作会社時代から竹内を知る、50代のテレビ関係者は近年の印象をこう話す。
「若いころの彼は、仕事は真面目で性格も素直。中国に行くと聞き応援したい気持ちだった。しかし近年、日本のテレビ局の連絡を『中国の悪口を言うから』と拒否したり、過去に中国ドキュメンタリーを多く手掛けた旧知の同業者に『あなたは中国のよくない部分ばかりを撮る』と話したり。姿勢が変わったと思う」
竹内氏(左)と安田氏
資金源は「ファーウェイ」
竹内の姿勢と同様、変化したと思われるのが和之夢の経営状況だ。
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source : 文藝春秋 2022年11月号