吉田所長は4回、死を覚悟した──。政府事故調委員の筆者が吉田調書を完全検証する
東京電力福島第一原発事故の原因と経過を究明するうえで、最も重要な人物である第一原発所長だった吉田昌郎氏(故人)に対して政府事故調が行なったヒアリングの聴取結果書(通称「吉田調書」)が、菅直人首相(当時、以下同)ら主要な政府関係者の証言調書と一緒に、9月11日に内閣府から公表された。
私は政府事故調の委員を務めたが、もともと事故調査のあり方を研究してきた立場から、事故調査のための証言記録は原則として公開すべきでないと考えてきた。その根拠は、こうだ。事故調査とは、事故はなぜ起き、なぜ未然に防げなかったのか、さらに被害が拡大したのはなぜかといった問題について、直接的な原因だけでなく、間接的要因や背景要因を洗い出して、それらの直接原因と間接要因の一つ一つに対する対策を勧告・提言し、事故の再発防止と安全なシステム作りに寄与するのを目的としている。そのためには、関係者が自らの判断や行為について隠すことなく証言してくれることが重要になってくる。しかし、人は自分に不利益が降りかかってくるのを避けようとする傾向があるから、不都合なことについては知らないとかはっきり覚えていないといった答え方をしがちだ。そこで事故調査機関が関係者のヒアリングをする時には、証言の一部を必要に応じて報告書の中で引用することはあっても、調書全文をそのまま公開することはないし、特に刑事捜査などの責任追及に利用することはないと約束をしてから、聴き取りに入るという手順を踏むことになっている。これは責任者を告発するのを目的とする刑事捜査や行政調査とは根本的に違うところだ。このような事故調査の原則は、先進諸国では確立されていて、日本では陸海空の交通機関の事故調査を担っている運輸安全委員会がその原則を守っている。
しかし、福島原発事故の原因については、未解明のところが多い。しかも被害規模が巨大で被害者の苦しみがいつ終息するかわからないまま続いていること、福島原発事故の直接原因・背景要因のとらえ方はこの国のあり方にまでかかわること、福島原発事故の全容は国際的にも注目されていることなどを考慮すると、関係者の証言記録を公開することは、様々な専門家による多角的な分析研究を可能にし、全容解明に少しでも近づく可能性を開くという点で、大きな意味がある。
また、政府事故調は報告書の中で、広範にわたる被害の実態を含む原発事故の全容解明に国家として取り組むべきだと提言したが、現政権は全くその意思を見せずに、原発再稼働に熱を入れている。そういう状況の中で、私は証言調書などの扱いについて右記のような考えを持つようになったのだ。
ただ、それは国民の利益を考慮した例外中の例外であって、一般的な事故調査における証言調書などの非公開の原則を崩すものであってはならない。そのためには、公開するに当たっては、なぜ例外的に公開するのか、その根拠を明示する必要がある。しかし、今回政府は、吉田調書などを公表するに当たって、一部の報道機関が調書を入手して歪んだ評価による報道をしていることから、調査の内容を正しく理解してもらう必要が生じたといった趣旨の説明をしただけだ。原発事故調査の記録を公表すべき根拠については、明示していない。当時の政府要人らの対応に対する吉田氏の歯に衣着せぬ言葉の多い証言調書と、菅首相らの証言調書だけを抱き合わせて公表したことの背景には政治的意図があるに違いないと勘繰りたくなる。これでは今後の一般の事故調査に支障を来たしかねない。根拠の明示は急務だ。
現場視察の時の対話記録
ところで、公表された吉田調書は、事故調の事務局に配置された検察官などが、事故発生から4カ月余り経った2011年7月22日以降、頻繁に行なったヒアリングの記録であって、吉田所長の発言を生々しく記述している。それはそれで重要なのだが、政府事故調による吉田所長との対話は、それ以前の6月17日と6月30日の2回、第一原発視察の際にも短い時間ながら行なわれている。視察が2回にわたったのは、委員10人と同行の事務局スタッフを合わせると、狭い建屋内を動き回るには多過ぎるので2班に分けたためだ。私は6月30日の2班に加わったので、1班の畑村洋太郎委員長らがどのような対話をしたのかはわからない。しかし、2班が訪問した時には、会議室での吉田所長や幹部らによる概況説明の際に、委員側から事故発生当時の対応をめぐって、まず把握しておきたい問題について質問している。
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source : 文藝春秋 2014年11月号