米国人プロレスラーを空手チョップでマットに沈める雄姿に、戦後まもない頃の日本人は喝采した。力道山(1924〜1963)の素顔を、「兄貴」と慕った張本勲氏が語る。
力(りき)さんにほっぺたを殴られたのは、赤坂にあるマンション最上階のご自宅に行った夜でした。
お手伝いさんも追い出し、鍵をかけた部屋で力さんは、背中を丸めてラジオのダイヤルを回し、祖国・朝鮮半島の電波を探っていました。かすかに音楽が聞こえてくると、小躍りを始めたので「懐かしいなら、なぜ祖国のことを堂々と言わないんですか」と聞いたんです。その瞬間、「貴様に、何がわかるか」と平手が飛んできた。力さんの胸にはしまい込まれた思いがあったのです。
初めて会ったのは1960年の秋、銀座苑という焼肉店でした。店のオーナーから「力を呼んである」といわれ、直立の姿勢で待ちました。なんせ相手は自分より15歳も上の「世界の力道山」。私は20歳の入団2年目、「東映の張本」でしかありませんから。
ボクシングの白井義男さんや相撲の双葉山も日本の格闘技界を盛り上げたけど、力道山にはかなわないわな。裕福な家庭にしかテレビがない時代、街頭テレビの前で、半端ではない数の群衆が熱狂しました。浪商高校の野球部員だった私は大阪で見ましたが、中継の間、全国の銭湯が空になったといわれたほどです。
生身の力さんは本当に格好いい。厚い胸板から下がる腕は太く、それでいてあの端正なマスク。坐るなりコップの水を飲みほすと、生卵をのせたユッケを3皿も平らげました。
東京で興行があるたびに、私は会場に足を運び、銀座で一緒に晩飯を食べました。たった3年のお付き合いですが、年に5、6回は声をかけてくれたと思います。
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source : 文藝春秋 2023年1月号