半世紀以上にわたり愛されてきた「ぐりとぐら」の絵本。中川李枝子(87)が作品に込めた想いとは――福音館書店元担当編集者の井上博子氏が思い出を語る。
「ぐりとぐら」は全7作と、シリーズものとしては決して多くありません。大人気作品ですから、新しく書いていただけないかと度々お願いするのですが、中川さんはいつも「納得いくものができるまで待ってください」と仰っていました。
私が月刊誌「こどものとも」の編集部に移ってしばらく経った1998年のある日、中川さんから「原稿ができました」と電話をいただきました。前作『ぐりとぐらとくるりくら』の出版から実に13年。期待に胸を弾ませご自宅に伺うと、第6作にして初めて人間の女の子が登場する物語でした。「すみれちゃんのモデルは、1年前に私の講演会にいらした方の娘さんなのよ」と、中川さん。
講演会の数か月前、脳腫瘍のため4歳でこの世を去ったすみれちゃんは、生前「ぐりとぐら」が大好きで、闘病中も手放さなかったそうです。中川さんは、お母さんと文通し、励ましたいという想いでこの物語を綴られたのです。「絵本の中で、ぐりとぐらと一緒にすみれちゃんに楽しい時を過ごしてほしい。それがご両親の救いになると思ったの」と仰っていました。
中川さんは保母さんをしていた経験から、子どもの想像力の豊かさや、心の底から楽しめるものでないと興味を示さない率直さを熟知しています。しかし中川さんの作品がこれだけ長く多くの人に愛されるのは、子どもだけでなく親の心にも寄り添う、温かく幸せに満ちた物語だから。
妹の山脇百合子さん(2022年逝去)が描く愛らしい動物たち、美味しそうな食べ物の絵も相まって、大人も自然と頬がゆるみます。私自身、勤めていた当時は仕事に子育てにと忙しい日々でしたが、中川さんの作品を子どもに読み聞かせる時間は、やすらぎを感じたものです。
これからも、親子何代にもわたって愛される作品であり続けるでしょう。
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source : 文藝春秋 2023年1月号