いじめの問題は、いまだに学校現場に深く根を張っています。2021年度に認知された件数は、小・中・高等学校、特別支援学校をあわせて約61万5000件となり、過去最多を記録しました。このうち命の危険や不登校につながった疑いのある「重大事態」の件数は約700件です。最近はタブレットが一人一台になり、スマホも普及したことで、SNSを通じた事案も増えています。
2021年2月に、北海道旭川市で女子中学生が亡くなった事件は記憶に新しいですが、いじめによって自ら命を絶つ子供も少なくありません。学校現場にとってもっとも大事なのは、子供たちの命、安全と安心です。そのような場で「人として当たり前に生きる権利」が奪われることはあってはなりません。
いじめを許す文化や体質をつくらないよう、社会全体が努力することは不可欠ですが、ここでは現行の法制度の欠陥にテーマを絞ってお話ししたいと思います。
いじめ防止のための基本的な方針を定めているのは「いじめ防止対策推進法」となります。この法律は、2011年に滋賀県大津市で発生した男子中学生の自殺事件が社会問題化したことを受け、2013年6月に成立しました。
いじめの定義は、時代の流れと共に少しずつ変化してきました。大きな転機となったのは2006年。「いじめ定義の主語」が、加害者から被害者へと転換します。加害者がおこなう行為の内容にかかわらず、被害者生徒の立場に立って、いじめを積極的に「認知」することになったのです。現行法ではこの流れを踏まえ、いじめの定義について「当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と定めています。
ところが、現在の学校現場では、この定義の転換を正確に理解していない先生が多いのです。私の感覚ではいまだに多くの先生が、誤った認識を持ったまま、生徒と接しているのではないかと思います。だから、実際にいじめの現場に遭遇しても、「このくらいの行為なら、問題ない」と見過ごすことになるのです。
また、いじめ防止対策推進法の第18条は、教職員に対していじめ防止の研修をおこなうことを学校側に義務づけていますが、研修会を一度も開催していない学校も多いのです。そのため教職員の意識や資質も、低いままとなっています。
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source : 文藝春秋 2023年2月号