ブラック保育根絶に向けて

医療と教育を再生する

三宅 玲子 ノンフィクションライター
ライフ 教育
三宅玲子氏

 保育園の信頼を根底から覆す事件が全国で噴出している。2022年、静岡県裾野市の私立認可保育園で明らかになった虐待は、3人の保育士の逮捕と園長の刑事告発、裾野市担当部長の更迭、さらに市長の責任問題にまで発展。逮捕された保育士の一人は「コロナ対応で忙しくストレスを感じていた」と話したという。同様の虐待事件は富山県や鹿児島県の保育園でも発覚した。2021年と2022年には、福岡県と静岡県で、送迎バスに置き去りにされた園児が熱中症により死亡した。

 根本の問題は、慢性的な人手不足だ。それは保育士のほぼ半数が「現場の職員配置が足りていない」と感じているほどに深刻だ(2022年日本総合研究所調べ)。厚生労働省は認可保育園について、1人の保育士が保育する子どもの人数を子の年齢ごとに定めている。零歳児では3人、1〜2歳児だと6人、3歳児は20人、4〜5歳児では30人を1人で担当する。しかし小学生と違って、保育園の子どもたちはじっと座っていられない。1人の保育士が引き受けるにはあまりに人数が多い。

 少ない人員で安全確保を突き詰めるとどのような保育状態が起こるのか。ある保育園の園長は「園外へのお散歩はやめて園庭に押し込め、子ども同士の事故やトラブルに対する責任を回避するためにカメラを設置することになる。それでは子どもにとって望ましい保育からかけ離れる一方です」と悲鳴をあげた。同じ調査で4割の保育士が「個々の子どもに寄り添う保育ができていない」と答えた。コロナ禍では何かするたびにこまめな消毒作業も増えた。

 なぜ国は配置人数の見直しをしないのか。そこには保育の仕事に対する世の中の見方が反映されているように思う。戦後から長く続いた日本の男性中心社会は保育の仕事を「おんなこども」に関わることとして、軽んじてきた。その象徴的な出来事として、保育園の待機児童が社会問題化した2017年、ホリエモンこと堀江貴文氏の保育の仕事に関するツイートが炎上したことが思い出される。保育士の待遇が悪い理由を「誰でもできる仕事だから」とつぶやいた堀江氏のこの言葉は、保育の仕事や未就学の子どもをめぐる状況を「取るに足りないこと」とする旧来の男性中心社会の目線を代表しているように思える。なお、日本人の平均年収が443万円なのに対し、保育士は374万円にとどまる。

 女性の就業率の伸びとともに保育園への需要は高まり、親たちは血眼で「保活」を戦ってきた。待機児童解消に向けて、東京都は認証保育所、国は企業主導型保育事業という仕組みを新たにつくった。その結果、保育園を利用する児童の数はわずか5年で30万人も増え、2020年には274万人になった。

 ところで、日本も批准している国連の「子どもの権利条約」には「子どもの最善の利益」という原則がある。「その子どもにとって最もよいことは何か」を第一に考えなくてはならないというものだ。

 だが日本の保育の配置人数は、戦後まもない1947年に児童福祉法が制定された頃からほぼ変わっていない。加えて認証保育所や企業主導型保育事業などの新しい仕組みは、認可保育園より設置基準が緩やかだ。「子どもの最善の利益」の観点から保育を考えることはますます後回しになってしまっている。

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source : 文藝春秋 2023年2月号

genre : ライフ 教育