情緒と形の文明を
12月号掲載の藤原正彦氏の論説『亡国の改革至上主義』に強い共感を覚えた。
今から15年ほど前、藤原氏の『国家の品格』を読み、アメリカやイギリスでの学究生活の日々を踏まえた「日本は世界で唯一の“情緒と形の文明”である」との言にも深く納得した。
数学者である彼は誰よりも論理に立脚するところが大きかっただろうが、ある時期から、論理よりも「情緒」とか「形」に意義を感ずるようになったと述べていた。
私は25歳の頃、国の事業でトルコ共和国に足を運んだ。その折、イズミール市内で日本人女性に声をかけられた。その方は米軍人の妻で、イズミールで日本人を見かけたのは大層珍しかった様子。自宅へ招かれ、その折、彼女から米国人男性との結婚生活について、「私は戦前の女学校、そして家庭で『女は一歩下がる』ということを教えられてきました。ですが、ここでは肩肘張って自己主張しないと生きていけないのです」と聞かされたのを思い出した。
昨今、日本でも惻隠の情とか名誉や誠実さを重んずる伝統が軽視される傾向が見受けられる。
藤原氏はアイルランドの思想家エドマンド・バークの「制度、慣習、道徳、家族などには祖先の叡智が巨大な山のごとく堆積している。人間の知力は遠くそれに及ばない。理性への過信は危うい」との言を紹介しており、また福沢諭吉も「学問のすすめ」の中で同じような趣旨を著述していると書いていた。
改革ばかりを急ぐ日本。われわれは、長い間に培われた日本古来の文化・行動様式を、今一度腰を据えて学ぶべきだと思う。(松井辰昭)
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source : 文藝春秋 2021年1月号