ク・ビョンモ著、小山内園子訳「破果」

文藝春秋BOOK倶楽部

佐久間 文子 文芸ジャーナリスト
エンタメ 読書

女性殺し屋におとずれた「老い」

 表紙カバーの写真の女の手には深く皺が刻まれ、青い血管が浮き出ている。『破果』の女主人公は、「爪角(チョガク)」という偽名を使う、65歳の殺し屋だ。

「どんな耳目も集めない」「20番目のエキストラ」のような存在感のなさで、電車から降りる乗客に紛れ、まったく人目をひかずにターゲットを仕留める。

 ただし殺し屋としての鮮やかな仕事ぶりを見せるのは冒頭のこの場面だけ。円熟期をとうに過ぎた「爪角」は、体力の衰えを感じている。それだけでなく、自分が何をしようとしていたかも忘れることがある。小さなミスも許されない殺し屋にとっては危機的で、古いつきあいのエージェントからも、それとなく引退をほのめかされている。

ク・ビョンモ著、小山内園子訳『破果』(岩波書店)2970円(税込)

 ノワールの世界で年老いた殺し屋も女の殺し屋もそれほど珍しくないかもしれないが、年老いた女の殺し屋となるとぐっと希少な存在になる。女であることと年老いていくことの困難さが掛け合わさって、殺し屋としての彼女はほとんど進退窮まっている。

「爪角」のキャラクターが魅力的だ。体力維持のためにジムに行くと65歳の女性にしては体力がありすぎて怪しまれるので、早朝、公園の遊具でトレーニングしてしのいでいる。捨て犬を「無用(ムヨン)」と名づけて飼っているが、ハードボイルドな名前のつけ方と裏腹に、随所に愛情がにじみ出ている。

「爪角」は、過去に誰かが言ったことばを何度も思い出す。「リュウ」というその人物と「爪角」の関係、彼女がいかにして殺人者になったかが次第に明らかになっていく。

「リュウ」が彼女と過去をつなぐ存在なら、現在と向き合わせるのが、対象を仕留める際に深手を負った「爪角」を治療する若きカン医師と、同じエージェントで、「爪角」に執拗につきまとい、命を狙う「トゥ」という凄腕の殺し屋である。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2023年4月号

genre : エンタメ 読書