石牟礼道子に導かれて
熊本在住の思想史家、渡辺京二さんを訪ねたのは、逝去される1年前のことだ。当時の私は石牟礼道子さんのことを書くために取材をしていて、石牟礼さんの執筆を支えた渡辺さんの話を聞きに行ったのだ。
このときは、ほかにも生前の石牟礼さんと縁のあった方たちにお目にかかった。「石牟礼道子資料保存会」のメンバー、熊本発の文芸誌『アルテリ』の編集者や書き手、石牟礼さんを担当していた地元紙の記者……。
私が会ったのはほんの一部で、石牟礼さんや渡辺さんの没後も人はつながり続け、ネットワークが広がり続けている。石牟礼文学には、人を動かし、人生を変える不思議な力が備わっているらしい。
随想集『さみしさは彼方』の著者である奥田直美さんと奥田順平さんの人生も、石牟礼文学に出会ったことで大きく変わった。

サブタイトルにある「カライモブックス」とは、ふたりが営む古本屋の名前である。京都で13年間営業を続けてきたカライモブックスは、今年の春、熊本県水俣市に引っ越すという。移転先は、かつて石牟礼さんと夫の弘さんが暮らしていた家だ。
〈石牟礼文学を近くに感じていたい〉。それが、もともとは水俣と縁もゆかりもないふたりが、子供をつれて、家族で水俣に移る理由だという。
18歳のときに石牟礼作品に出会った直美さんは、2006年、まだ結婚前だった順平さんとともに初めて水俣と天草を訪れた。そして、『苦海浄土』に描かれた土地をめぐった。いまさら説明するまでもないが、『苦海浄土』は、水俣病の惨禍と、辛苦の底でなお光る患者たちの尊厳を文学作品として結晶させた名作だ。
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source : 文藝春秋 2023年4月号