クリミア半島が、どの国も望んでいなかった方向に動きつつある。クリミアは黒海の奥にあるのでヨーロッパの東の端に位置することになるが、それだけでなくヨーロッパの人々にとっては、クリミア戦争――セバストーポリ――ナイチンゲール―赤十字の誕生という連想が可能なように、単なる東欧の端っこではない。だが、あの戦争で敗れて以来、ロシアはクリミアへの執着を変えていない。それが今度も、問題の始まりだった。
こうまでなってしまった理由は、日本に帰国した直後にテレビで聴いた法政大学の下斗米教授が言っていたように、プーチンとオバマ双方の「ボタンのかけちがい」にある。あれを聴いたときは言い得て妙だと感心したが、どうしてそうなってしまったかと言うと、オバマに対するプーチンの軽蔑が遠因だった。
腰のすわらないオバマ外交への失望感は今やヨーロッパ諸国の首脳たちも共有していて、なんであんな人にノーベル平和賞をやったのかとは、首脳にかぎらずヨーロッパでは一般的な想いになっている。オバマという人は、大義とはそれを捧げ持つ人を縛るという欠陥もあるという人間世界の現実を知らないのか。「清(せい)」のオバマに対し、現実の政治は「濁(だく)」も合わせ呑まないとやっていけないと考えるヨーロッパ側がオバマの外交にイライラするのも当然である。ところがこの大義大好きは世界最強の軍事力を持つ国のトップでもあるので、おかげでヨーロッパをおおっていたイライラは倍増していたというのが、ウクライナ問題直前の状態だった。
五百年も昔にすでに、マキアヴェッリは書いている。統治者は、愛されるよりも怖れられるほうがよいと。なぜなら、愛されるだけでは相手側に何をやってもかまわないと思わせてしまうからで、反対に怖れられていれば相手も行動に出る前に熟慮を重ねざるをえなくなり、それが暴走を阻止する役に立つ、というわけだ。
「清」一本槍のオバマは、軽蔑されていたのだ。反対に「清濁」のプーチンは、そこに眼をつけたのにちがいない。
もともとからしてクリミア半島と軍港セバストーポリはロシアに属すと、ロシア人は思っている。一方のヨーロッパ側は、クリミアも含めたウクライナを欲しかったかと言えば、少しも欲しくはなかった。財政の破綻が懸念されているウクライナをEUに入れてトクになることなど少しもなく、経済援助をしたり難民を救済したりで損になるだけ。
ゆえにヨーロッパの本音は、天然ガスが支障なくロシアからヨーロッパに流れてくれればよいということにしかなかった。そこに、面子(めんつ)をつぶされた想いのオバマがしゃしゃり出てきたので、問題の落としどころがわからなくなってしまったのである。
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source : 文藝春秋 2014年5月号