一カ月足らずの滞在だったが、帰国の目的の一つであった桜を賞(め)でながらにしても、多くのことを考えさせられた日本滞在だった。
その一つは、政治家とカネをめぐって起きた問題である。これまでは、政治家の政治生命を断つには選挙で落とすか女がからんだ醜聞によると思っていたのだが、これに借金までが加わるとは。なぜなら、私が書いてきた歴史上の男たちには、借金で政治生命を断たれた人はいなかったからで、それでいて全員が借金漬けだったのだから。
西洋中世の人であった皇帝フリードリッヒ二世は遺言状に借金を完済するよう言い遺しているほどで、相当な額の借金は常にあった。だが彼はその返済を、同時代の王たちのように、自国の領土の納税業務を債権者に一任するというやり方でしていない。カネを貸した側は、それを早く取りもどしたいと考えるものだ。それで、税の徴収も必要以上に厳しくなりがちなのである。皇帝フリードリッヒは、そうなるのを嫌ったのだった。公正な税制は、善政の根幹である。
古代ローマのユリウス・カエサルの“借金哲学”ともなると、もはや人を喰っているとしか言いようがない。なにしろ現代の研究者からさえも、他人のカネで革命を敢行した、なんて言われている男で、この人の一生は借金漬けの連続だった。それでいて、莫大になる一方の借金を気に病むどころか、借金を重ねることで支持者を固めていったのだから、貸し手にとっては居て欲しくない債務者の筆頭格である。借金とは多額になればなるほど債権者と債務者の力関係は逆転するという点に、彼は眼をつけたのだった。平たく言えば、大きすぎてつぶせない存在に、自分のほうからなったのである。
このカエサルの借金哲学がどのような考えの上に立っているかを、彼自身が『内乱記』の中で述べている。
「そこでカエサルは、大隊長や百人隊長たちからカネを借り、それを兵士の全員に配った。これは、一石二鳥の効果をもたらした。将官たちは自分のカネが無に帰さないためにも敢闘したし、最高司令官の気前の良さに感激した兵士たちは、全精神を投入して善戦したからである」
政治の場でもカエサルの“借金哲学”は、効果を産みつづける。彼をささえつづけるしかなくなった債権者という、支持者を増やして行ったのだから。
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source : 文藝春秋 2014年6月号