イタリアは今、三十九歳になったばかりの一人の男を中心に動き始めている。五年の間フィレンツェの市長を勤めていたマッテオ・レンツィが、国会の議席を持ったこともなく、ましてや大臣の経験も無いというのに首相になったからで、まるで一年足らずという短期間に、ホップ・ステップ・ジャンプという感じ。地方自治体の長から政権与党の幹事長に、その後も間を置かずに総理大臣にまで昇りつめたのだから。
わずか一年前は与党幹事長選の候補者の一人にすぎなかったレンツィ、速攻に次ぐ速攻の戦果である。購読者が減る一方だった新聞の売れ行きは改善し、読者にソッポを向かれる一方だったテレビの視聴率までが上がってきたのも、国政への国民の関心がもどり始めたということか。
二年前にイタリアは、このまま行けばギリシアになると言われてあわて、大学の学長だったモンティを招いて首相になってもらい、この経済学者の求めるままに厳しい財政緊縮政策を実施したのである。ところがその結果は、ドスンと落下したとでもいう感じの不況で、消費が冷えきってしまった。なにしろ、二十二パーセントにまで上がった消費税もふくめて、国民の平均税負担率は五十三パーセントだというのだから、首都であるローマの都心なのにシャッターがつづくという惨状。
これでは困ると憲法で大権を与えられている大統領のナポリターノが首相に指名したのが、イタリア一の秀才校として名の高いピサの「ノルマーレ」で学び、与党である民主党の長老連からも評判の良いエンリコ・レッタである。多分四十代だからベテラン世代に属し、上品で人も良く英仏語をあやつり、オバマやメルケルとも上手くやって行くことはできる人だった。ただ、大学での卒論のテーマが予測計量学であったとかで、予測を計算していて一歩も踏み出せないでいるうちに、首相としての十カ月が過ぎてしまったのである。その結果は、耐久消費財の売れ行き三割減、失業率十三パーセント、三十五歳以下の失業率になると四十パーセント。もちろん、消費は冷えきったまま。それでいて税金は上がる一方。しかも上がるだけでなく、財務省が知恵をしぼった結果か、どの分野でどれくらい税が上がるかは、税理士でも納税時期の直前にならないとわからないという。そのうえ製造業には不可欠の電気も、原発をやめてしまったイタリアはお隣の原発大国フランスから買っているので、三割以上も高くつく。イタリアでの製造は減らす一方のフィアットは、納税地をイタリアからイギリスに移した。このようなことが許されない中小企業の経営者たち六万人が先日ローマに集まって抗議集会を開いていたが、その彼らの要求は次の事柄だったのである。
減税、電気料金の軽減、行政事務の簡易化、銀行の貸ししぶりの解消。でなければイタリア産業の九割を占めているこの人々は、新規採用などはとても不可能、と宣言したのだった。この声には、経団連も労組も唱和する始末。
これにはさすがに最大与党である民主党も危機感を持ったのだ。そこに三十九歳は、勝負に打って出る機を見たのだろう。自分ならばこれこれをこのようにやると言い、しかも期間まで明言して、党の幹部会に問うたのだった。結果は、九割が賛成。首相だったレッタは、国会で不信任されたのではなく、彼が属す、ゆえに彼を支持しなければならないはずの自党から不信任されたのである。これまではレッタを支援しつづけてきた大統領も、辞職願いを受理するしかなかった。
こうなれば、速攻の三十九歳だ。倒閣から五日目に組閣完了、一週間目にあたる今日は上院の信任を得、明日の下院での信任(確実)を得ればスタートが可能になる。イタリア人は、どうしようもない現情からの脱出を、三十九歳になったばかりの国政未経験者に託すことにしたのである。
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source : 文藝春秋 2014年4月号