なぜ、ドイツ人は嫌われるのか

日本人へ 第148回

塩野 七生 作家・在イタリア
ニュース 社会 経済 国際

 ヨーロッパ連合の中で、ドイツが唯一の勝者であることは明らかだ。経済面での実績はその国のリーダーの発言の影響力にもひびいてくるから、首相メルケルが口を開くたびに注目が集るのも当然である。より多く衆知を集めればより良い政策につながるとはかぎらない、と思う私なので、ドイツがEUのリーダーになるのには賛成だ。しかし問題は、このドイツに指導力を発揮する勇気が有るのか無いのか、にある。

 結論を先に言ってしまえば、無い。歴史的にも気質的にも、無い。なぜなら、指導力を発揮するには、勝つだけでは充分でなく、勝って譲る心がまえが必要になってくるからである。

 勝っていながら「譲る」とは、敗者の立場にも立って考えるということで、これはもう想像力の問題であり、「一寸の虫にも五分の魂」があることを理解する、感受性の問題でもある。

 徹底的に相手を打ちのめすのでは、勝ちはしても、その相手まで巻きこんでの新秩序づくりはできない。つまり、多民族から成る共同体のリーダーにはなれない。

 多民族国家とは、考え方も生き方もちがう民族が集まって、そのどの民族にも利益をもたらすことだけは確かな根元的な一つの方針、ローマ帝国の場合だと「パクス・ロマーナ」(ローマの平和)、を打ち立て、それに反しないかぎりは各民族とも自由という、ゆるやかでしなやかな柔構造社会のことである。これが二百年にもわたって実現できたのも、勝者であるローマが、勝っただけではなく、その後では譲ったからであった。

 ドイツ人には、歴史的にも気質的にも、これが無い。あれほども各方面にわたって超一流の才能に恵まれた人々を輩出していながら、国家となると、この冷徹な考え方ができない。また、自己制御も不得手なので、いったん走り出すと止まらなくなる。

 私がナチスを憎悪するのは、六百万ものユダヤ人を殺したからというだけではなく、六百万もの人間を、快感でもあるかのように、冷酷に陰惨に肉体的にも精神的にも追いつめて行ったやり方にある。この想いは、昨今問題になっているギリシアへの、ドイツの対処を見ていても感じた。

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source : 文藝春秋 2015年9月号

genre : ニュース 社会 経済 国際