日本で地震が起ったというニュースを観るたびに、遠くに住んでいても心が痛む。天災の絶えない日本列島に住むわが同朋たちの苦労に、心が痛まないではいられないのは、九州出身者でなくても、海外に住む日本人ならば同じ想いにちがいない。だから、「破壊」の直後というのに「建設」をとりあげるのは、私とて迷ったのである。
しかし前に進むのをやめるわけにはいかない。いまだ人生の入口に入ったばかりの若い人達の将来を考えれば、前に進むのはわれわれ年長世代の責務である。というわけで、予定していたテーマで行くことにしたのである。ただし、理由はそれだけではない。
ヨーロッパ文明圏の外で歴史を作ってきた日本でさえも、一昔前の銀行の正面玄関が円柱の並ぶ造りになっていたのが示すように、欧米の大建築の基本型は、古代のギリシア人とローマ人が考え出したのだった。しかも、ギリシアも、ローマ人が住んでいたイタリア半島も、地震多発地帯なのだ。大型建造物の基本型は、地震のないフランスやイギリスで考え出されたのではない。地震ならば不足しない、ギリシアやイタリアで生れたのである。
今勉強中の古代ギリシアの文献の中に、いざ合戦となって平原に布陣したのに地震が起り、両軍の兵士達が逃げ散ってしまい戦闘にならなかったとあり笑ってしまったが、イタリア半島に至っては地震帯の上に乗っているので、火山と温泉に恵まれていること、日本といい勝負である。
地勢がこれでは、ギリシア人もローマ人も、どうせ地震で壊れるのだからと、簡単な造りで済ませてもよいはずだった。ところが、地震で苦労しているくせに、堅固で美しい建造物や街道や橋まで造りあげてしまったのである。
それを彼らに許したのが、彼らが考え出した耐震技術だった。いや、「技術」(テクノロジー)というよりも、「智恵」(ウィズダム)とすべきかもしれない。建材の選び方からその構造面での活用、立地も充分な配慮の末。だからこそ、遺跡になっているとはいえ、二千年後の今も建っているのである。コロッセウムを見てください。橋に至っては、今でも使われているものが少なくない。
しかし、「ギリシア・ローマ文明」と言われていても、ちがいはやはりある。
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source : 文藝春秋 2016年6月号