■企画趣旨
コロナ禍は、社会環境やビジネス環境を一変させ、消費者の価値観や消費トレンドにおいても大きな影響を及ぼしている。また、デジタルテクノロジーの進化やダイバーシティの深化により、コミュニケーションやサービスの「質」への期待も高まっている。
「所有から利用へ」(コト消費)
「便利で役に立つもの」から「情緒的で物語性のあるもの」(エモ消費)
「今この瞬間しか味わえない体験」(トキ消費)
「競争から共創へ」(イミ消費)
など、サービスの提供者側は、消費者の行動変化を掴み、体験や価値をアップデートしていくことが不可欠となっている。
そこでシリーズカンファレンス「真実の瞬間」第7弾では、「コト・トキ・エモ消費の向こう側」をテーマに、マーケティングの最新動向、消費者の期待を超える価値創出の方向性などについて、有識者、実践者の講演や対談を通じ考察した。
■基調講演
消費者行動“進化論”
~ 多形化する社会へ ~
武蔵野大学 経営学部 経営学科 教授
古川 一郎氏
1979年東京大学経済学部卒業。88年同大学院経済学研究科修士課程修了。一橋大学助教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、18年より武蔵野大学経済学部教授。19年より現職。2019年4月~21年3月まで日本マーケティング学会会長を務める(現在はフェロー)。一橋大学名誉教授。
◎よもや、こんなに早く来るとは!
ChatGPTや生成型AIは教育界に激震をもたらしている。教える・教わるという区分が曖昧になってくるだろう。これまでのような受け身の学習姿勢では学ぶモティベーションを維持できないだろう。主体的・能動的な学習(アクティブ・ラーニング)に転換する必要がある。アイデア出しで学生だから劣っているとはもはや言えない。教員と学生の関係性が変わっていく。多様なレベルでの教育・研究の場を抜本的にデザインし直す必要がある。
試しに、ChatGPTによくわからないこと、例えば「生成型AIについて教えて下さい」と質問すればこのことがよくわかる。もっともらしい答えが返ってくるはずである。3回くらいクリックして繋げればレポートができる。AIは現状ではしらっと嘘をつくが、あと3年もしたら……楽しみで仕方がない。
従来から「社会変化をとらえる視点」は人々の興味を集めた。知識が富の源泉になる社会へ変貌すること(知識社会の到来)を説いた1970年代のA.トフラーの『第3の波』や、リフキンの 情報技術の革命的進化がもたらす“限界費用ゼロ社会”など折々にあった。ここ半世紀はまさにこのように変化してきたように見えるが、情報(知識)、エネルギー、ロジスティクスの進化はAIが社会実装される中で、これまで以上に変化のスピードを上げそうである。その中にあって、教員と学生に限らず多くの人々の意識や行動も変わっていくだろう。今はまさに歴史的転換点である。
データからもこのことは見て取れる。1990年代からのインターネットの登場による情報爆発、情報空間の膨張スピードはもの凄い。特に、ここ20年で社会を飛び交う情報量は1万倍程度に急増している。身の回りで、1万倍に増加したものを探してもらいたい。水が水蒸気になるときでも2千倍程度であるという。いかに、爆発的に“情報”が増加しているがわかる。スマホのチップにもAI領域が組み込まれるようになった。このような環境変化の中で、人と人の対話、人とモノの対話、モノとモノの対話が変わる。対話が変わればライフスタイルは変わる。これは、新しい技術を世界中が受け入れた結果であり、技術はさらなる進化を驀進中だ。
◎文脈⇔関係性⇔選択ルール
日本の消費社会は、高度成長期とその後のいくつかの転換点を経て多形化してきている。本来、人間社会は多様であり多形である。たまたまここ1、2世紀の技術変化が、大量生産大量消費に向かったことが、社会の多形化を抑制してきたのではないか。情報社会の深化の中で、ここに来てやっとマーケティング領域でもMono(単)からpoly(多)への変化が目につくようになってきた。このような人々の変化を捉え企業として対応するためには、文脈、関係性、選択ルールの相互関連性に目を向けなくてはならない。
多形化の例を紹介しつつ、この三者の関係を見ていきたい。ワークマンは作業着など職人向けの商品を製作販売してきたが、最近ではワークマン女子といった従来の発想では全く想定不可能である顧客向けの商品展開を行なっている。この取り組みの中で、新たな顧客体験を共創する関係性の構築(リードユーザー・インフルエンサーの取り込み・育成)を行った。また、アスクルはコロナ禍の中で、“売らない”マーケティングというコンセプトを考え(買い占め・転売防止)、従来のターゲットをビッグデータに基づいて識別、分類し、多形化の枠組みを構築し、本当に必要な買い手にきちんと商品が届くよう課題を解決した。
Oisixの『クレヨンしんちゃん』の春日部駅のポスター広告では、同じポスター広告の同じメッセージでもそれぞれの人の文脈(置かれた状況)により多義的に解釈されることを念頭に、SNSを使って多角的にバズることを念頭に置いたコミュニケーションを試みた。コンサマトリー(自己充足的)なコミュニケーションの中から、意味の多義性が表出化され可視化されていく仕組みを組み込み、Oisixというブランドについて考えてもらうきっかけを提供した。ここには、従来のようにあらかじめターゲットを絞って道具的(説得的)な対話を展開する教科書的手法とは明確に異なる新しさがある。
これらの事例から分かるように、文脈(コンテキスト)が異なると同じモノでも違う価値を持つという当たり前の原理原則に、企業のマーケティングが適応し始めている。問題は、人々がどういう状況でモノやコトの選択を考えているのか側から見ていると分かりづらいことである。また、関係性の構築においても最終的な意思決定の主体を中心に考えることが重要である。そして、文脈・関係性が選択ルールを左右していることも認識する必要がある。共同体的規範、ビジネス的規範、上司部下といった上下関係の規範など社会的な規範・ルールにもさまざまなタイプがあるからである。
ケーススタディで取り上げられることの多いラグジュアリーホテルの事例では、現場で顧客と接するチャンスのある従業員の誰かが、顧客のそのときそのときの文脈を察知しその心を先読みすることが出来れば、日常的に従業員同士が協働するための仕組みと関係性を構築することにより、マニュアル対応では不可能な顧客対応により飛び抜けて高い顧客満足を提供することが可能になる。
繰り返すが社会は多形化に向かっている。e-WOM(口コミ)の形態や内容も、アマゾン、メルカリなど媒体によって異なる。文脈と関係性と選択ルールはつながっているからである。昔から人々は多形(職商人)であった。経路依存性はあるが、大きな流れは多形化だ。
◎多形化の時代に対応するマーケティング
従来は、ある特定のターゲットを満足させるというストーリー(STP※1⇒4P※2)を前提に様々なマーケティング施策が考えられていた。しかし今は状況次第で新たな関係性が生まれ、多形化し、多様な選択ルールが混在する中で、同じ物でも違った価値として認知されうる。モノ(単調)からポリ(多形)へ、“ポリモルフィック・マーケティング”=創出される多様な関係性に対応していくマーケティングが求められる。
※1 セグメンテーション(Segmentation)、ターゲティング(Targeting)、ポジショニング(Positioning) ※2 製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)
文脈・関係性・選択ルールの可視化がポリモルフィック・マーケティングの課題だ。新しい関係性をデザインする、新たな文脈の発見する、その中でお互いの課題を認識し価値創造・共創へと展開したい。「ワークマン女子」では、これまで顧客ではなかった人たちと関係を構築しすることで新たな文脈を理解し、新たな価値を共創している。従来型マーケティングのハードルを越える機運は高まっている。より高いレベルの顧客体験を提供するためには、つくり手とつかい手の相互作用を可視化し組織的に対応するデザインを考えなくてはならない。文脈が可視化され適切な関係性とマッチする環境をデザインし、顧客の希望を先読みし、エッジで自律的に行動することが当面の課題であろう。まずは、組織として多義性を許容する関係性のデザインが必要だ。
進化を促進するための、ポリモルフィック・マーケティングの特徴は下記。
“真実の瞬間”、カスタマー・ジャーニー、体験価値……これらを可視化する仕組みを実装することで新たな価値を共創できる。上記を念頭に、進化を促進するために個人も企業も行動を起こして欲しい。
■事例講演
リアル体験を加速させるアプリ活用事例
株式会社ヤプリ
マーケティング本部
神田 静麻氏
新卒で不動産業での新規営業、IT企業で営業、カスタマーサクセスを行い、2016年に創業期のヤプリへインサイドセールス部の立ち上げで参画。EC、小売、メーカーを中心に幅広く自社アプリの提案を進め、累計2000以上の商談を創出。同部のマネジメントを経て、2021年に現職に。
ノーコードのアプリ開発プラットフォームが「yappli(ヤプリ)」。自社アプリで企業のさまざまなビジネス課題を解決し、モバイルDXを加速させる。「mobile tech for all」を標榜し、デジタルを簡単に、社会を便利にすることをミッションとしている。現在、750以上のアプリ導入実績があり、2023年4月にはヤプリで作られたアプリの累計ダウンロード数が1億5000万を突破した。
◎ヤプリの用途やSNSとの使い分け/リアル体験を加速させるアプリ活用
コロナ禍においてEC(電子商取引)アプリのセッション数は、2022年には2020年比でプラス29%となった。アプリは、ウエブやSNSよりも「コアファン育成」の役割が大きく、2割のコアファンが8割の売上を生む(パレートの法則)とされるため、LTV=ライフタイムバリューを高め消費者と長く深く繋がれるアプリ導入の効果は高い。
ヤプリは、顧客接点の拡大にむけた目的に合わせた画面設計を実現する。SHIPSの公式アプリは、店舗利用での体験を豊かにし会員証・履歴情報を綺麗に集約している、お手本のような例だ。GEORGE’Sの公式アプリは、店舗スタッフとユーザーを密接に繋ぐ。店舗スタッフ執筆のおすすめ商品紹介記事コンテンツが秀逸で、記事を見て来店するユーザーが増加している。
その他、どの媒体よりも早く情報を発信/店舗での特別イベントへ招待/フォローした芸人のライブ情報が一挙に確認できるフィード/フェス会場でAR(拡張現実)機能と掛け合わせた企画の実施/ライオンキャラクターを活かしたガチャコンテンツ/ユーザー投票による好みのビール対決……といったコンテンツや施策の実施好例がある。
◎独自性のある顧客接点・設計
さらに紹介すると、ダマイ君(キャラクター)にお肉を送る施策、企画終了時にお肉を食べる姿を動画で公開/インセンティブなしにユーザーとのコミュニケーションを強化/1日1回ひけるおみくじ施策、運勢+仏教語の豆知識がわかる/思わずアプリを毎日ひらきたくなるような表現&接点強化を実現/設問に答えマイアロマが選択可能、回答者には限定クーポンを配布/購入促進や店頭でのコミュニケーションの活性化にも寄与……といったユニークな施策例もある。
ヤプリは、スピード導入/カンタン運用/アップデートで進化/サクセス支援、という特徴を持つ。機能の追加や、PUSH通知の配信が簡単にでき、ダッシュボードではさまざまなデータ分析が迅速に可能だ。
「ヤプリCRM」を利用すれば、アプリを中心とした顧客管理・ポイント管理・アプリCRM施策を実現することができる。ポイントカードと電子マネーは、外部サービス連携なしで発行・管理が可能。ヤプリとヤプリCRMで、モバイルマーケティングをさらに充実させていただきたい。
■特別講演
顧客体験価値最大化への取り組み
株式会社テイクアンドギヴ・ニーズ
執行役員 運営統括本部 本部長
金香 憲吾氏
2006年にウェディングプランナーとして新卒入社し、09年にT&G史上最年少で支配人に任命される。その後、関西エリアのグループマネージャー、関西事業部長、事業戦略部長、東日本事業部長を歴任し、21年に執行役員 運営統括本部 副本部長に就任。22年4月より現職の執行役員 運営統括本部 本部長を務める。
ウェディング事業とコンサルティング、ホテル事業などを展開するテイクアンドギヴ・ニーズ。コロナ禍からの回復は業界で最速で、2022年度の結婚式の施行は1万857組と、コロナ前の2019年度(1万1,596組)と同水準に戻した。顧客への誠実な姿勢がその要因と考えている。
当社は打ち合わせ(通常6回)から結婚式当日まで、1人の担当者が寄り添う「一顧客一担当者制」を取っている。一組あたり約400万円、一生に一度、一期一会のお客様が選ぶ無形商材だ。結婚式を夢見る人も多く、文化でありトレンド。顧客に“One more chance”が言えず、100%ミスのない出来が当たり前。よって、事業者は失点をしないよう守りに入りがちだ。「怖いから、まずはマイナスを生まないように」。その意識が顧客体験価値向上の敵である。
「期待」に答えてもそれは「想定内」。そこに「感動」は生まれない。「期待」は超えるものである。観察とヒアリングを徹底し、一歩踏み込んだサービスを提供し、期待を超えることで付加価値を生み出す。
大切な人に囲まれて祝福される結婚式は、期待を超えなくても「満足」される。それを自分たちの提供するサービスで満足してもらえていると勘違いしてはいけない。101%を目指し、想像を超える。そしてブランドを創る。顧客体験価値はブランドの一部、という理解ができているかを常に確認していただきたい。
各部の仕事を体験するのは、いつもたった一組の顧客=ユーザーだ。その全てが体験(CX)であり、蓄積され続ける共通のイメージにつながる。企業として顧客体験価値を高める組織構築ができているか、一部門だけに委ねていないか、を確認したい。当社では、昨年CX推進室を設けた。サポート組織を確立すると、マーケティングの効率が上がる。効率が上がると企業は活力を持つ。マーケティングにおいては、4PならぬProduct/Photo&movie/People/Promotion/Processの“5P”を重視している。
ウェディングプランナーの評価軸は、CSからCX、NPS※重視へと舵を切った。NPSのスコアが高い理由を紐解き、動画などにして丁寧に社内共有している。全社のナレッジを集約するプラットフォームとしてLINE WORKSも活用。情報、成功事例のシェアとフィードバックがカルチャーを醸成する。
※NPS=ネットプロモータースコア、顧客ロイヤルティや推奨度を測る指標
NPSのスコアが1ポイント高いと約6万円売上が高いという社内データがある。顧客体験価値を高め、NPS=推奨度が上がると、収益も上がる。そして顧客体験価値向上に不可欠なのは、商品やサービスの品質だけでなく「お客様を想う気持ち」である。
2023年4月27日(木) オンラインLIVE配信
source : 文藝春秋 メディア事業局