ステキな五十の手習い

大久保 佳代子 タレント
エンタメ 芸能 テレビ・ラジオ

 あ〜、ステキな大人になりたい。あたしの心の声を聞いていたわけじゃないでしょうけど、「古典芸能番組の司会をやってみないか」とオファーがあったんです、NHKさんから。しかも金曜夜9時放送のEテレだって。いたって健全な時間帯。

 ふだんはテレビでちょっと下世話な話をしたりもしますけど、私だって歌舞伎や能には興味があるんです。ただ、今までちゃんと観たことがなく、一度だけ観た歌舞伎は寝てしまったという有様なだけで。

 50歳を過ぎ、老後のことなんか考え始めるわけです。歌舞伎を趣味にできたらオシャレだな、でも自分でチケットを買って行くのは面倒だし、仕事で観られるなんてラッキー♪と、「芸能きわみ堂」の司会をお引き受けしました。

Eテレ「芸能きわみ堂」司会に ©NHK

「古典芸能に触れたことのない人に観てもらいたいんです。初心者目線でいろいろツッコんでください」と声をかけていただいたので、それならば、と能と狂言の違いも知らない私は余裕綽々でスタジオ入りしたのですが……。いきなり日本舞踊です。それも観るのでなく、踊るほう。定番中の定番(なんですってね)「藤娘」の一節を1時間で覚えて披露しなくてはいけなくなりました。それどころか、すでに頭の型を取って私専用のかつらを作ってもらっていて、「そういうことだったのか」と気づいてももう遅い。

 薄桃色の着物に身を包み、木の棒を持てば練習スタート。教えてくださるのは、あの尾上流三代目尾上菊之丞さんです。菊之丞先生がまた、柔らかくて優しくて、何より色気がある。先生によれば、日舞には「エロス」が重要らしい。まあ、これは私向けのキーワードだそうですが、「一番見たいところを隠す」ことで想像力をかき立てるのが日舞の技だと教わりました。男女が繋いだ手を袂で隠せば、人はその下で何が行われているか知りたくなるもの。

 目線の移し方や首の傾け方など、色っぽく見える仕草のお稽古から始まりいよいよ踊りに移ったのですが、これがもう、覚えられないし、思うように身体は動かないしでキツいのなんのって。それでも時間は過ぎ、今度はいつも本物の役者さんに化粧を施している「顔師」と呼ばれる方に、顔を白く塗り、眉や口紅を引いていただき、かつらをつけて、本番用の着物に着替えて……。すべて身につけると、なんと7キロにもなっていたそうです。藤の枝も実物はものすごく重く、7キロ+αをまとい腰を落として両足で踏ん張り、しなやかに柔らかく見えるよう踊るなんて、もはやアスリート。「無理です!」って半ギレしちゃいました。何より、顔師や着付け師の方、そして菊之丞先生のような方々が日本の古典芸能を支えているのだと思うと、何百年ぶんの重みが私の肩にこう、ずっしりとね。それで、振りを少し簡単にしてもらったり、踊るパートを短くしてもらったり……。その節はみなさま、たいへん申し訳ありませんでした。

日本舞踊「藤娘」に挑む大久保佳代子氏 ©NHK

 私の母は今年80歳になるのですが、あの年代の人たちは「娘が日舞をやってまして」みたいなのが好きですよね。私が踊っている写真を携帯に保存していました。画像がものすごく粗くて、多分、テレビ画面越しに撮ったんだろうな。母の友人たちからも、「いい番組だね」と声をかけてもらいました。同世代で一番仲の良いいとうあさこさんも「大変でしょう?」って。これは50代の体力を知っているからこその「心配」の声でしょうけど、そんな反響を聞くと、「ほんの少しは役に立てているのかな」と思えるんです。

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source : 文藝春秋 2023年12月号

genre : エンタメ 芸能 テレビ・ラジオ