バンクーバー「蘇る森の物語」
バンクーバー市民のサステナブルな暮らしは先住民の時代から脈々とこの地に受け継がれてきた。自然を愛する共生の精神が今も森に息づく。
誰かが守らなければ美しい森は存在しない
眩いガラスの摩天楼に、真っ青な空が映り白い雲が流れる。太平洋に開かれ、そびえる山々や深い緑に囲まれたバンクーバーの街には、自然豊かな都会のライフスタイルを求めて世界中から人々が集まる。
ここでとりわけ愛されているのがスタンレー・パークだ。世界最大級の温帯雨林地帯であるブリティッシュ・コロンビア州で、公園には州内最古の原生林も残り、ベイスギや苔むしたカエデなど名木がいくつも存在する。50メートルを超えるモミの巨木群は1886年の大火から見事に蘇ったものだ。
しかし、近年は度重なる暴風雨の被害で多くの巨木が失われつつある。樹齢800年の巨大な「ホローツリー」は激しい天候により木の幹が割れ、空洞化した内部が露わになった。写真映えのする人気スポットだが、2006年の暴風雨でさらに大きく傷ついた。やむなく撤去が計画されると、市民は寄付を集めて木を安定させ、なんとか伐採を免れた。ほかにも、海岸沿いには公園をぐるっと囲むように遊歩道を設け、防波堤がわりに木々を守っている。
森にはかつて先住民の集落があった。生活に必要な住居やカヌー、狩猟道具、食器に衣服、一族の物語を伝えるトーテムポールなど森がすべてを与えてくれた。毎年、川に遡上するサーモンを食べ、その恵みに感謝して暮らしてきた。しかし19世紀にイギリス統治下で軍用地となり、その後カナダ連邦になると市営の公園になった。今日、森は公園管理局や市民ボランティアによって手厚く保全されているが、気候変動や海面上昇、外来種など様々な問題を抱える。そこで先住民に公園の管理運営に加わってもらい、太古から森と生きてきた知恵を生かして、ともに森を守る取り組みが始まった。
この地に息づく共生の精神は昔も今も変わらない。森はいくたびも蘇り、未来へと受け継がれている。
文=半藤将代
写真=Destination Vancouver/ Kindred & Scout, Destination BC/ Alex Strohl/ Albert Normandin
協力=カナダ観光局
イエローナイフ「夏のオーロラ」
極北カナダでは夏でも世界最高レベルのオーロラが見られる。オーロラが発生しやすい地域にあり、晴天率も高く、好条件が備わっている。太古から続く漆黒の夜に神秘の光が輝く。
光や音のない極北が得がたい輝きを育む
エメラルドグリーンの幻想的な光が、ゆらめきながら夜空一面に広がった。ローマ神話の女神の名に由来する「オーロラ」は、この世のものとは思えぬ輝きで見る者の心を虜にする。光は弧を描き、波打つカーテンの如く踊る。驚くほど素早く大胆に変化し、オーロラが爆発して全天に光が降り注ぐこともある。
カナダの極北地方ノースウエスト準州のイエローナイフは、壮大なオーロラが見られる理想的な鑑賞地。冬だけでなく8月から9月も鑑賞に適したシーズンなのが特徴だ。大自然に囲まれたロッジに滞在して、夜はゆったりオーロラを味わう。昼間はハイキングや釣り、カヌーなどで思い切り遊ぶこともできる。極北の自然に魅せられ移住したガイドとの出会いや、先住民の長老と過ごす瞑想の時が心を解き放つ。生命に満ちた森の匂いを胸いっぱいに吸い込めば、自然との調和に癒やされる。
19世紀の終わりに先住民の暮らす地に金鉱が見つかり、ヨーロッパ系の入植者がやってきてイエローナイフの街が生まれた。今も準州の人口約4万5000人のうち半数を先住民が占め、公用語は実に11にものぼる。人々は多様な民族、文化に敬意を払いながら助け合い、厳しい極北の自然を生き抜いてきた。先住民の知恵に学び、行き過ぎた開発を退けてきたからこそ、余分な光や音がない夜が現在も保たれている。
かつてゴールドラッシュが起きたこの地で、1991年にダイヤモンド鉱床が発見された。雪と氷の大地で育まれ、独特の透明感と瑞々しさを湛えた輝きが特長。鉱山の建材は自然に還る素材を使い、将来ダイヤを掘り尽くしたら土砂で再び埋めて元の姿に戻すことが決まっている。
都会の日常は、もともと存在しなかった光や音に溢れている。しかしイエローナイフでは、漆黒の夜の静寂が反対に何もない贅沢を感じさせる。太古から先住民が見てきたオーロラを今も堪能できるのは、人々が自然とともに生きてきたからなのだ。
文=半藤将代
写真=田中雅美、Corey Myers/Frontier Lodge, Northwest Territories Tourism
協力=カナダ観光局、ノースウエスト準州観光局
source : 文藝春秋 2022年7月号・8月号