「必殺のベビーフェイス」ポール・ダノ

スターは楽し 第212回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画

 ポール・ダノはまだ30代だったのか。あらためてその事実に触れると、私は虚を衝かれる。一瞬、言葉に窮する。

 ダノは芝居が巧い。どんな役でも鮮やかに乗りこなす。自身の側に役を引き寄せるというより、進んでその役に乗り込み、地肌と役の肌を溶け合わせる。

ポール・ダノ ©ロイター/アフロ

 そのプロセスに無理がない。本当は並々ならぬ役作りや自己改造があったにちがいないのだが、そんな気配はほとんど感じさせない。近ごろの例でいえば、対照的な2作品がある。『フェイブルマンズ』(2022)と『ダム・マネー ウォール街を狙え!』(2023)だ。

 前者の彼は、正直で控え目な父親の役を演じていた。家族への思いやりと仕事への熱意との間で悩み、親友でもある助手に自分の妻が惹かれていくのに気づきつつ眼をつぶる男。おとなしくて我慢強く、あえて屈託を覗かせない家庭人を的確に造型するのは容易な業ではない。

 後者の彼は、ポップヒーローを思わせるユーチューバーだ。売り叩かれて安値に低迷するボロ株に眼をつけ、ネット掲示板を駆使して、ウォール街の大手ヘッジファンドに戦いを挑む男。「ダヴィデとゴリアテ」の現代版実話がベースだが、ここでは脂の乗り切ったトリックスターぶりを見せる。走り、喋り、猫の群れを描いたTシャツを着て額に赤い鉢巻を締め、全米各地に点在する零細投資家を鼓舞し、傲慢な機関投資家にひと泡吹かせようとする。

 どちらの映画でも、ポール・ダノのベビーフェイスが生きている。必殺の童顔だ。デビュー直後から、私はそれに心地よく翻弄されてきたような気がする。ふっくらした頬の陰に、とんでもない知性と感性が秘められているのではないか。

 ポール・ダノは、1984年ニューヨーク市に生まれた。育ちはコネティカット州で、12歳の年に早くもブロードウェイの舞台を踏んでいる。そのときの主演俳優があのジョージ・C・スコットだったというから、後年の技芸は出発点から宿命づけられていたのかもしれない。

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source : 文藝春秋 2024年2月号

genre : エンタメ 映画