「『笑いの淵』へのダイヴ」ヒュー・グラント

スターは楽し 第211回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画

 ヒュー・グラントが好調だ。60の坂を越えて、芸が自在になってきた。

 ガイ・リッチー監督のゆるいアクション『オペレーション・フォーチュン』(2023)では、トルコに居を構える悪徳武器商人に扮し、主役のジェイソン・ステイサムを余裕でいなしていた。贅沢や意地悪も付け焼刃ではない。

 もっと強烈だったのは、ポール・キング監督の新作『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』(2023)で、観客の意表を衝く役に扮していたことだ。役名は伏せておくが、一時は「ロマンティック・コメディの帝王」と称された人が、敢然と肚を据えて芝居をしている。

 しかも彼は、開き直った感じや悲壮感など漂わせず、むしろ嬉々として役と戯れている。こちらのほうが素のグラントに近いのかもしれない。その姿に、私は奇妙な感動さえ覚えた。

 ヒュー・グラントは1960年、ロンドンのハマースミスで生まれた。軍人や王侯や貴族の名が家系図に散見される興味深い血筋だが、グラント自身は学生時代から役者をめざしていたようだ。

ヒュー・グラント ©Everett Collection/アフロ

 名が知られたのは、『モーリス』(1987)や『フォー・ウェディング』(1994)に主演したときだが、正直言って若いころの彼にはさほど興味を抱けなかった。人工的などもり癖や、前髪をかき上げて苦悩してみせる芝居がわざとらしく、繊細とか脆弱とかいった形容詞の枠内にわが身を押し込めようとする様子が、窮屈に感じられたからだ。

 当時の作品なら、むしろ渋いコメディ『ウェールズの山』(1995)を推したい。イングランド人の測量技師に扮したグラントは、癖が強くて情の深い村人たちに接して、次第に心をほぐされていく。その溶け込み方が自然体だった。

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source : 文藝春秋 2024年1月号

genre : エンタメ 映画