「ギア様」だの「セックスシンボル」だの、やや的外れなレッテルを貼られたりしなければ、リチャード・ギアは別の眼で見られていたのではないか。
近ごろになって、ときどき私は思う。映画会社側がそういう売り方に走り、当人もその流れに身を委ねたのだから、致し方ないといえば致し方ないが、これはやはり惜しい。もしかすると、本人も悔んでいるかもしれない。
よくよく考えると、リチャード・ギアはちょっと変わった俳優だ。『天国の日々』(1978)では、相手役サム・シェパードの陰翳が濃密だった。『愛と青春の旅だち』(1982)でも、デブラ・ウィンガーの図太さが眼を惹いた。『プリティ・ウーマン』(1990)ではジュリア・ロバーツがあでやかだったし、『真実の行方』(1996)では、曲者エドワード・ノートンの技が画面をさらっていた。
ところが――。何年か時間が経ってみると、いま挙げた作品はどれも、「リチャード・ギアの映画」として脳内に定着されているのだ。見た直後は、「にやけた二枚目」だの「エッジが足りない」だの「芝居ができない」だのといった負の言葉をつぶやくことがままあったのに、時間の地層を潜り抜けると、思いがけぬ味わいが口のなかに蘇る。これはなぜか。
リチャード・ギアは、1949年、フィラデルフィアに生まれた。60年代末から舞台には出ていたが、映画に出はじめたのは70年代中盤以降で、主演第一作が『天国の日々』だ。
ただし、この映画の日本公開は83年と遅い。私が見たのも、『アメリカン・ジゴロ』(1980)や『愛と青春の旅だち』のあとだった。そのせいか、『天国の日々』のギアは、瑞々しさが際立って見えた。
1916年、第一次世界大戦がはじまって数年後の時代設定だ。ギアの扮するビルという貧しい青年は、シカゴからテキサスへと流れてきた。道連れは恋人のアビーと妹のリンダだが、ビルはアビーのことも妹と偽りつづけている。
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source : 文藝春秋 2023年8月号