アレック・ギネスの名を聞いて、すぐに思い出す映画の役はなんだろうか。
『戦場にかける橋』(1957)のニコルソン大佐と答えるのは、かなりの高齢者かもしれない。もう少し若い高齢者だと、『アラビアのロレンス』(1962)のファイサル王子を選ぶはずだ。高齢者手前の人々ならば、『スター・ウォーズ』(1977年の第一作)に出てくるオビ゠ワン・ケノビの名を挙げるのだろうか。
どれも記憶に残る役だ。「息の長い名優」アレック・ギネスの価値を裏打ちする役……とも言いたくなるが、ギネス自身は、オビ゠ワン・ケノビの役を毛嫌いしていた。撮影現場では若い共演者たちを励ましつづけたそうだが、後年のインタヴューでは「すべて紋切型の台詞を繰り返すのが、なんとも苦痛だった」と述懐している。ただ、ギャラが歩合制だったため、潤沢な年金にはなったらしい。
閑話休題。ここで紹介しておきたいのは、「大作で存在感を示す大御所」アレック・ギネスではなく、「職人仕事の小品で、舌を巻くような技芸を見せる」もうひとりのアレック・ギネスだ。
と書けば、すぐにピンと来る映画好きは少なくないのではないか。そう、私の念頭にあるのは、1940年代末から50年代にかけて、矢継ぎ早に送り出された〈イーリング・コメディ〉の傑作群だ。
読んで字のごとく、イーリング・コメディとは、英国の〈イーリング・スタジオ〉が製作したコメディの数々である。短命なスタジオだったが、作品の質は高い。『カインド・ハート』(1949)、『ラベンダー・ヒル・モブ』(1951)、『白衣の男』(1951)、『マダムと泥棒』(1955)。どの映画にも「スモール・イズ・ビューティフル」の意地が貫かれている。日本で劇場公開されたのは、『マダムと泥棒』だけだった。
1914年ロンドン生まれのアレック・ギネスは、いま挙げた4作品のすべてに出演している。最初に観客の度胆を抜いたのは、ひとり8役を演じた『カインド・ハート』だろう。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2023年7月号