ブラッドリー・クーパーは塩気も脂気も濃い。濃くて、おかしくて、痛い。この三位一体が、ほとんど類例を見ない。
『世界にひとつのプレイブック』(2012)のクーパーは、黒いプラスティックのごみ袋に穴をあけて頭からかぶり、両腕を突き出していた。珍妙きわまりない発汗の促進だが、この姿で家の周りをジョギングするのが日課だ。
『アメリカン・ハッスル』(2013)のクーパーは、鏡の前で自分の髪にカーラーを巻きつけていた。職業はFBI捜査官で、詐欺師のカップルを操っておとり捜査を仕掛けるが、女にすぐ惚れる。
『アメリカン・スナイパー』(2014)のクーパーは、イラク戦争に4回派遣され、戦地で160名を射殺した凄腕のスナイパーを演じていた。熊のような身体つきと、顔を包み込む髭が印象的だが、「レジェンド」と呼びかけられるたび眼を伏せる。巨体や髭は、内なる動揺を押し隠すための装置に見える。
クーパーの存在に初めて気づいたのは、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(2009)を見たときだった。青い瞳と派手な顔はもちろん眼につくが、濃厚な体質が内側から滲み出ていた。メル・ギブソンやジム・キャリーに通じるパラノイア的な匂いも漂う。ただ、攻め一本という感じではなく、どこか痛そうな、メランコリックな影を引きずっている。このとき彼は、すでに30代半ばの年齢だった。それまではテレビの仕事が多かったらしい。
ブラッドリー・クーパーは、1975年にフィラデルフィアで生まれた。父はアイルランド系で、母はイタリア系。テレビの仕事を受けつつ、アクターズ・スタジオで演技術を学んでいたという。
修練の成果が収穫されたのは、『世界にひとつのプレイブック』で主役のパットに扮したときではないか。冒頭でもほのめかしたとおり、元教師のパットは精神のバランスを崩している。妻の浮気相手をぶちのめして精神科で長期間の治療を受け、釈放されたあとも状態は不安定だ。父(ロバート・デ・ニーロ)と母(ジャッキー・ウィーヴァー)の暮らす家で再起を図ってはいるものの、暴発しやすい性格はなかなか改善されない。妻への未練も、しつこく尾を引いている。
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source : 文藝春秋 2023年6月号