エマ・ストーンの勢いが止まらない。「止まらない」などといまさら言い立てるのが片腹痛ければ、大器に進化しつつあると言い換えてもよい。新作『哀れなるものたち』(2023)の充実ぶりを見れば、だれしもうなずくと思う。
『哀れなるものたち』のストーンは、主人公ベラを演じている。橋の上から飛び降り自殺を遂げた彼女は、狂気の科学者の手で息を吹き返し、身ごもっていた胎児の脳を自分の頭に移植される。フランケンシュタインの物語を彷彿させる設定だが、そこからはじまるベラの遍歴譚がスリリングで、血湧き肉躍る武者修行だ。外界のすべてを身体で知ろうと決意した彼女は、果敢な人体実験を開始する。幼かった頭脳も徐々に、かつ劇的に成熟していく。〈ガリヴァー旅行記〉の世界とも遠くこだまする奇怪な傑作だ。
そんな難役に、ストーンは身体を張って挑んだ。発語さえおぼつかなかった脆弱な存在が、花も嵐も踏み越えていくうちに地上最強ともいうべき「人間力」を手に入れる。顔や身体つきに際立った特徴があるとはいえないストーンなのに、ラディカルな勇気と知性が画面から放射されてくるのだ。「恐れを知らぬ」という形容はこの演技のためにあったのではないか、という気さえする。
エマ・ストーンは1988年11月、アリゾナ州スコッツデールに生まれた。2000年に初舞台を踏み、07年には『スーパーバッド 童貞ウォーズ』で映画にデビューしている。『ゾンビランド』(2009)、『ヘルプ〜心がつなぐストーリー』(2011)、『アメイジング・スパイダーマン』(2012)などでその名を知った人も多いのではないか。
私は、ストーンの魅力に気づくのが遅かった。大ヒットした主演作『ラ・ラ・ランド』(2016)を見たときでさえ、ロサンジェルスの街の切り取り方や色彩設計のほうに気を取られていた。
これはちがうぞ、とはっきり意識したのは、『女王陛下のお気に入り』(2018)に触れたときだった。
この映画のストーンは、没落した貴族の娘アビゲイルに扮し、イングランド女王アン(オリヴィア・コールマン)の宮殿で下働きをしている。アンの女官を務める従姉のサラ(レイチェル・ワイズ)を頼って、そこに潜り込んだのだ。
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