デイヴィッド・アイマー著、近藤隆文訳「辺境中国 新疆、チベット、雲南、東北部を行く」

文春BOOK俱楽部

梯 久美子 ノンフィクション作家
エンタメ 読書

国境から見て初めてわかる大国の姿

 英国人ジャーナリストが中国の国境地帯を旅したルポである。中国の紀行文はあまたあるが、これほど高いコストを払って書かれたものは稀だろう。

 費用、時間、労力、体力はもちろん、いくつかの危機を乗り切るために、著者は持って生まれた運のほとんどを使い果たしたのではないかと心配になる。落ちたら一巻の終わりの絶壁ぎりぎりをトラックで疾走するわ、露天掘りのアスベスト鉱山の村で粉塵が舞う中に取り残されるわ、スパイの疑いをかけられそうになるわ、ほとんど命がけである。

 だからこそ本書は面白いのだが、一気読みはおすすめしない。なにせこの一冊でNHKスペシャル10本分を優に超えるほどの情報量なのだ。

 中国の陸の国境は、世界最長の22,117キロ。国境を接する国は14か国で、その中には、アフガニスタン、パキスタンとインド、ミャンマー、北朝鮮、ロシアなど、本書の表現を借りれば「世界でもとりわけ予断を許さない国々」がある。著者が訪れたのは、新疆、チベット、雲南、東北部の4地域。少数民族が暮す土地だが、いずれも漢化政策が強力に進められ、漢族の移住者が急増している現状がある。

 抵抗運動が激しい新疆とチベットでは暴動や焼身自殺が起こり、漢族のツアー客が大挙して訪れる雲南では、売春、麻薬密売、人身売買、違法賭博などの犯罪が、漢族も少数民族も入り混じって行われている。北朝鮮およびロシアと国境を接する東北部では、中国に住む朝鮮族によるコメから携帯電話までの密輸が半ば公然と行われ、人口減少で貧しくなるばかりの極東ロシアから買い物客が押し寄せる。

 著者は国境を越えて隣国に入り、また戻ることを繰り返す。それによって、中国と国境を接する国の人たちの暮らしも見えてくる。

 雲南の国境都市・瑞麗では、隣接するミャンマーの都市・ムセから12歳のときに騙されて連れてこられ、漢族の中国人男性の花嫁として売られた少女と出会う。国境のフェンスにはいくつも穴があり、そこから出入りできるのだ。

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source : 文藝春秋 2019年9月号

genre : エンタメ 読書