現役時代は「打撃の神様」と呼ばれ、監督として読売巨人軍を11回も日本一へと導いた川上哲治(1920〜2013)は、長男・川上貴光氏の目に、どう映っていたのか。
父・哲治をひと言で評するならば、「誠を尽くした人」です。
自認するほど口下手でしたが、一度決めたことはやり遂げる肥後もっこすで、人や物事に全力で対峙できる信念の強さも持っていました。
川上哲治と言えば、巨人の監督として昭和40(1965)年から48年まで、チームを9年連続で日本一へと導いた「V9」のイメージが強いでしょう。その原点には、太平洋戦争での経験があります。
![](https://bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/3/5/1600wm/img_3540aa937c9bf73c4d002e91b7ec2137308925.jpg)
巨人でプレーしていた最中に徴兵され、戦時中は陸軍将校として数十人の部下を率いた父から、印象深い逸話を聞かされました。
飛行場で訓練をしていると敵機の襲来を告げる警報が鳴り、避難したものの「ここは危険だ」と察知。すぐさま部下たちを他の場所へと誘導した。すると、最初にいたところが爆撃されたというのです。自らの機転で部隊の命を救った父は、「リーダーの判断ひとつで、組織を生かすことも、殺してしまうこともある」と痛感したといいます。
戦時中に父の部隊と兵舎が一緒だった、仏教学者の玉城康四郎さんは「絶対に殴らない人だった」と語っていたそうです。父は軍隊で殴られてきた苦い経験から、自分がされて嫌だったことは部下にしなかったのでしょうし、私も手を上げられたことはありませんでした。
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source : 文藝春秋 2024年8月号