■企画趣旨
新しいテクノロジーの出現は、ビジネスや社会環境、ライフスタイルに至るまで大きな変容をもたらしています。なかでも対話型AIである「ChatGPT」や画像生成AIの「Adobe Firefly」をはじめとする、生成AIの登場は、ビジネスに大きな衝撃を与えています。これらの最新技術を巧みに活用することで、クリエイティブな作業を迅速かつスムースに進められ、これまで高度で専門的な知識が必要であった動画制作や設計図面の作成、デザイン業務などもよりアクセスがしやすくなりました。こうした進化は、ビジネスの領域を確実に広げ、業務プロセスやコミュニケーションのあり方にも大きな変化をもたらしています。
一方で必要性を十分に認識しながらも、新しいテクノロジーは難しい、仕事が奪われてしまうといった先入観もあり、正しい知識を理解し、使いこなすためのコツを知る環境づくりも整えていく必要があります。併せて、海外ではAI規制なども強化される傾向があり、法律的な観点からもリテラシー教育は注視していく必要もあります。
本カンファレンスでは、「クリエイティブの常識が大きく変わる コンテンツ生成AIの衝撃」をテーマに、コンテンツ生成AIの最新動向、クリエイティブ制作の現場で起きている変化、非クリエイター部門による人材育成やコンテンツ作成への取り組み事例、商用利用時の留意点などについて有識者の講演を通じ考察をした。
■基調講演
非クリエイターのためのクリエイティブ課題解決術
~ 生成AIは敵か? 味方か?~
株式会社dof 代表取締役
クリエイティブ・ディレクター
コミュニケーション・デザイナー
齋藤 太郎氏
アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランド生まれ。1995年慶應SFC卒。株式会社電通入社後、10年の勤務を経て、2005年に文化と価値の創造を生業とする、(株)dofを設立。ナショナルクライアントからスタートアップ企業まで、経営戦略、事業戦略、製品・サービス開発、マーケティング戦略立案、メディアプランニング、クリエイティブの最終アウトプットに至るまで、コミュニケーションの川上から川下まで「課題解決」を主眼とした提案を得意とする。サントリー「角ハイボール」のブランディングには08年の立ち上げから携わり現在もサントリーウイスキーのブランディングを担当する。他にも「どうする?GOする!」のタクシーアプリGOや、明石家さんまさんのCMでお馴染みのAI翻訳機「ポケトーク」、資生堂のコーポレートスローガン「一瞬も一生も美しく」など。最近はマーケティング面でのアドバイスをベースにした、投資も含めたかたちでのベンチャー支援にも精力的に取り組んでいる。
「文化と価値の創造」を標榜するdofという会社を経営し、課題の本質を見つける⇒仮説を立てる⇒解決策につなげる、という『クリエイティブ課題解決術』(東洋経済新報社刊)を約20年間行ってきた。その経験も踏まえて、生成AIは敵ではなく味方だと考える。人間がテクノロジーに負けるというよりも、テクノロジー(電子メール/インターネット/スマホ/SNS/AI)を使いこなした人間に負ける、のだ。
今まで一部の人にしか出来なかった技能の民主化が起きている。誰でもクリエイターになれるチャンスだ。カメラやエレベーターが誰にでも操作できるようになったようにAIもそうなる。こんな時代に必要なマインドセットは「つべこべ言わずにまずはやってみる」ことだ。パソコンやスマートフォンと同様、使ってみて慣れることで人類は進化していく。なお、AIは言葉で指示ができるから文系こそチャンスだ。
AI時代に生き残る人間には、以下の力が必要だと考える。
(1) 問いを立てる力(課題解決ではなく、課題発見)
(2) 企てる力(必要に応じてAIの力を借りる。企てをもってAIに問いを立てていく)
(3) 審美眼 ホンモノを見極める力(好奇心とインプットが重要)
(4) 決める力/ディレクション力
(5) コミュニケーション力(周りを巻き込む力、信じさせる力)
(1)~(5)はすべて人間にしかない力=人間力、である。
次にAI時代の非クリエイター⇔クリエイターの付き合い方について。従来は、非クリエイターがクリエイターに“相談、オーダー、発注”して、クリエイターは非クリエイターに“企画、クリエイション”を提供していた。今後は双方ともまずAIに相談をするようになる。そしてその段階で解決してしまうことも多いだろうが、従来の人間同士のプロセスは必ず残る。
そして先述した(1)~(5)のように、クリエイターはよりプロとしての力量、信じさせる力が問われるようになり、非クリエイターは審美眼や目利き力、見極める力が求められる。
人間同士にしか伝わらないもの、生命からしか伝わらないものは必ずある。現に、野球選手の大谷翔平氏や棋士の藤井聡太氏はデータ分析などにAIを存分に活用し、素晴らしい成績・実績を残して人々に大いに感動を与えている。コロナ禍を経て、呑み会や舞踏鑑賞もバーチャルではなく対面・リアルがやはりいいと実感している。
最後にチャールズ・ダーウィンのこの言葉を。
「最も強い者が生き残るのではない、最も賢い者が残るのでもない、唯一生き残るのは変化できる者である」
私はスマートフォンの頻繁に使うアイコンの列に“チャットGPT”を配して、グーグル検索ではなく第一想起でまずは何が出てくるかチャットGPTを使ってみる、聞いてみることにしている。AIを恐れずにどんどん活用して、変化を遂げ成長してハッピーな人生を送っていければ、と考えている。
■課題解決講演
創造性を解き放つアドビの生成AI
~ 安全性を考慮した設計思想と信頼性を担保する仕組みとは ~
アドビ株式会社 デジタルメディア事業統括本部
ソリューションセールス本部 エンタープライズ製品戦略部
Senior Strategic Business Development/Community Lead
三好 航一郎氏
エンタープライズ製品戦略部にてCreative Cloudの生成AI、UI/UX、およびCollaboration領域をメインに新規市場の開発、戦略立案、実行、啓蒙、および利活用促進に従事。10年以上に渡り広告系制作会社にて幅広いデジタル・クリエイティブのディレクターとして実践経験を重ねながらコンテンツ制作の体験設計に情熱を注いできた。
◎生成AIの登場で大きく変革する世の中
「世界を動かすデジタル体験を」。これがアドビの創業以来のミッション。そして今日の講演のキーワードは「Speed is KING」。スピードが生み出した《時間》を本来使うべきことにちゃんと使えるようにすること、そのために必要な環境を素早く整えていくことの大切さをお伝えしたい。
クリエイティブコンテンツの需要が高まっている。2024年は22年比で2倍になり、26年には24年の5倍以上になるという予測がある。印刷物、静止画、ビデオ、3D、AR……と、コンテンツのフォーマットもますます多様化している。そして、生成AIがテクノロジーの次の変革の波を牽引する。
生成AIは、歴史上のどの新技術よりも早く世の中に浸透している。例えば、ローンチから1億人の月間アクティブユーザー数を獲得するまでにかかった月数は、インスタグラムが30カ月でTikTokは9カ月であるのに対し、ChatGPTはわずか2カ月という調査結果がある。また、LinkedInの調査によると、企業が最も必要とするスキルは「クリエイティビティ(創造性)」だ。
◎アドビの生成AI“Adobe Firefly”
2023年3月に発表したAdobe Fireflyは、2010年代から長年AIに取り組んできたアドビのテクノロジーの延長線上にある生成AIである。「AIは人々の能力を拡張する《副操縦士》である」(AdobeのNarayen CEOの言葉)。※本講演中にデモンストレーション動画複数上映あり
Adobe Fireflyは、アドビ製品に搭載されるクリエイティブな生成AIモデルの新しいファミリーで、「説明責任/社会的責任/透明性」からなるアドビのAI倫理原則に基づいて開発した。これまでに90億枚以上の画像を生成している。その特徴は以下のスライド参照。
Adobe FireflyはCreative Cloudワークフローへのシームレスな統合がなされており、多くのソリューションからアクセスできる(Adobe Photoshopや、後述するAdobe Expressなど)。テキストからの画像生成=シンプルなプロンプトに、さらに《構成参照》や《スタイル参照》機能を組み合わせて思い通りのイメージを素早くカタチにできる。
Custom Modelsを使えば、ブランドのスタイルや被写体でカスタムモデルを作成して組織全体で一貫したブランド、均一のクオリティでコンテンツを作成することができる。また、Adobe Firefly Servicesの利用で生成AIとクリエイティブAPIの包括的な活用で運用を合理化し、コンテンツ制作を拡張することもできる。
特筆すべきは、商用利用を前提とした安全性を考慮した設計になっていること。意図せぬ著作権侵害を起こさないためのガードレールを実装。また、オンラインコンテンツの信頼性と透明性を高め、誤報や偽情報に対抗することを目的とした取り組み=コンテンツ認証イニシアチブ(Content Authenticity Initiative=CAI)も導入している。デジタルコンテンツの作成者が、作品に帰属情報を添付することを可能にし、来歴情報を通して信頼性を担保できるのだ。
CAIには55カ国以上から3000を超えるメンバーが参画している。日本からは24年にNHKが参加、TikTokも参加を発表している。Adobe Fireflyで生成した画像には《コンテンツ認証情報》が自動付与され、それはVerify(ウエブサービス)でいつでも確認可能だ。
◎企業における一歩進んだクリエイティブワークフロー/画像生成AIの使い所
Adobe Expressは、ブラウザベースのオールインワン・コンテンツ作成サービス。ブランドを維持しながら高品質なコンテンツ作成の速度を向上させる。安全な商用利用を考慮した設計の生成AIが支援し、デザイナーから共有されたデザイン素材や豊富なアセットを使ってアイディアをカタチにする。
メンバーと共有するためのコミュニケーションツールとして最適であり、Adobe ExpressとAdobe FireflyがチームのHubとなる。例えば、クリエイティブ制作における社内広報・マーケティング部門と広告代理店・外部パートナーとの進行管理工数が大幅に削減できる。
ワークロード、タスク、プロセス……ワークフローの非効率性に悩まされるチームは多い。デザインやクリエイティブの複数案提案を求められた場合に、「ナシの方向性を素早くカタチにして共通認識を形成する」のも生成AIの使い所である。アイディアを素早く可視化し、アウトプットを具体化し目指すべきゴールをクリアにする。コミュニケーションコストが下がると、制作スピードがアップする。
◎生成AI時代に生きるビジネスパーソンのマインドセット/まとめ
生成AI時代に生きるビジネスパーソンとしての心得は以下。
人間に必要な《役割》は、判断する/決定する/方向性を定める、だ。それらを実現するための3つの《ビジネススキル》は、生成AI時代にあってもやはり、ディレクション/ファシリテーション/プロジェクトマネージメント、だ。
先に掲げた「アドビの生成AIを選ぶ4つの理由」はAdobe Fireflyの特徴をまとめたスライドでもある。スピードが優先される時代、Adobe Fireflyの導入により生成AIを活用したビジネス革新を進めていただければ幸いだ。Creativity for All.
■特別講演
生成AIを活用した事業創出
~ 加速するビジネスモデル変革と価値創出 ~
株式会社NTTドコモ 新規事業プロデューサー
株式会社Visionary Engine CEO
小栗 伸氏
NTTドコモにて、国内初の音声対話サービス「しゃべってコンシェル」をはじめとした12のAIプロジェクトを製品化・事業化。2023年からNTTDigitalにてWeb3事業創出に携わる傍ら、株式会社AI Boosterを設立し、生成AIの導入支援・プロダクト開発も行う。世界で最も権威あるIFデザインアワードGoldをはじめ、18件の賞を受賞。経産省「始動Next Innovator」採択。一般社団法人生成AI活用普及協会 協議員。
私が携わっている生成AIを活用したサービスの1つが「AI社長」。中小企業の社長が誰しも1度は考える「自分が5人いれば……」を実現することを目指し、社長の考え方やノウハウを学び自走できる組織へと変革するAIサービスだ。また、「AI am MAAYA」はタレントとファンの新しいコミュニケーションのカタチに挑戦するサービス。事務所公認の“AIタレント”だけでなくタレント本人とも会話ができる。顧客と企業の関係性構築に力を入れることを考えている企業からもベースの技術に引合いがある。
これらのサービスのポイントは、独自情報の活用/独自情報を踏まえて回答させること、RAG※だ。
※RAG=Retrieval-Augmented Generation 大規模言語モデル(LLM)によるテキスト生成に、外部情報の検索を組み合わせ回答・解答の精度を向上させる技術。
◎生成AIの現在地
生成AIの登場により、“ひと”と同等の性能・創造性を達成する時期は早まる。2024年5月にOpenAIが「GPT-4o」を発表した。カメラで外の様子を撮影しつつ声によって会話を行う(マルチモーダル)/日常的な会話、プログラミング、図の理解、翻訳など/圧倒的な応答スピードなどが実現しており技術の進化は著しい。
AIは2030年には創造性を含む全ての項目で“ひと”の上位25%の能力を実現する可能性もある、というマッキンゼーのレポートもある。自分たちの業務や事業の競争環境、そして顧客の行動が、その際にどのように変わっていくか、は常に考えておかなくてはならない。
AIの活用事例としてはすでに伊藤園やしまむらのCMがある。また、ロレアルはマーケティングに、中国企業複数はライブコマースに、エクサウィザーズはIR(投資家向け広報)にAIを利用している。国内企業のAIの利用はグローバルでみるとまだまだ低い。特にあまり利用が進んでいない業界、例えば教育・社員研修ジャンルの企業などは生成AIによる生産性の向上余地を検討してみてはどうだろう。
生成AIが人の仕事を奪うのではない。生成AIを活用できる人が仕事を奪うのだ。
◎生成AIを活用した事業創出
生成AIを何にどう活用するのか。以下のスライドのブルーとピンクに二分される。
(1)“新規事業開発プロセス”への生成AIの活用については、アイディア創出・課題の発見⇒顧客課題の確認⇒解決策の検証⇒収益性の検証⇒事業化判断、というフローになる。このフローの中のアイディア創出・課題の発見段階では、アイデアブレスト、リサーチ・ペルソナ、リーンキャンパス、リリースコピーに生成AIの活用が可能だ。
要は意志決定以外の部分ではAIは利活用できるのだ。アイディア出しの発想拡張、自分では持たないような視点を発見する、プロンプトを打ちながら少人数で会議をして議論の幅を広げる、そして結論出しを早める、という効用もあるだろう。
(2)生成AIを軸にした“アイディアの創出”。理想と現実のギャップを「課題」とすれば、すべては課題の発見から始まる。アイデア(ソリューション)はギャップ=課題を解決する手段だ。よろしくないのは“質の低い課題”をAIで解決しようとすること。事業として成立させる、売れる可能性を高めるためには課題やアイディアの数を出して見極め、質の高い課題を質の高いアイディア=イイアイデアで解決するのだ。
“課題の質が高い”とは、お金を払ってでも解決したい、お金を払いたいと思うものかどうか。他の手段で解決できない喫緊の課題であるかどうかは常に意識するようにしている。将来の利益より短期の利益を優先する現在思考バイアスが人間にはあるので、将来のことは後回しにして、あとで考える。
アイディアの発想法は、いろいろあるが、私が実践しているのは、ドメイン知識×技術トレンド×社会トレンド、3軸の掛け算だ。例えば、コールセンターの現状×電話音声認識の精度向上/クラウド活用が可能×今後さらなる人手不足、だ。長期目線で1つの軸を固定しておくという作戦もある。なお、3軸の掛け算で企画開発を試みるも事業化が見送りになった案件「AI電話サービス」が、その後の技術の進化によって製品化できるタイミングが来たこともある。タイミングも“超”重要だ。
アイディアを出すときの軸はいくつか持っておくことが大切。そして、軸の要素の解像度を上げていく。例えば「生成・蓄積されるデータ」。会話データ/学習データ/問い、悩み、価値観などのデータ……。今までデジタル化されていなかったそれらのデジタルデータを使って何か面白いことはできないか?と考える。また、人と人のコミュニケーションの中間・仲介にAIが入ってもいい。怒声を穏やかに変換するソフトバンクのカスタマーハラスメント防止施策の挑戦は、その好事例だ。
先述した、3軸の掛け算と課題・アイディアのプロット。この双方を行き来することで質の高い課題を見極め、顧客に刺さる新事業を構築することが大切だ。
生成AIの登場により、これまでの“非常識”が常識になる。AI活用により、技術面の障壁を突破できることもあり、また、AIの登場により今までなかった新たな課題が浮上することもあるだろう。そこに特化して何かを考えるアプローチもある。
2024年5月29日(水) 会場参加及びオンラインでのハイブリッド開催
source : 文藝春秋 メディア事業局