「理知的で動物的で」ザンドラ・ヒュラー

第222回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画

 2024年、年間を通じて私が注目した女優はザンドラ・ヒュラーだった。

 馴染みの薄い名前かもしれない。ただ、『関心領域』と『落下の解剖学』(ともに2023)の主演女優といえば、ピンと来る方も多いのではないか。

 2本とも、23年のカンヌ国際映画祭を席巻した作品だ。データを見ると、前者は5月19日に、後者は21日に初上映されている。海外での劇場公開は前者が同年9月で、後者が6月。

ザンドラ・ヒュラー ⒸREX/アフロ

 ヒュラーは、1978年、旧東ドイツのズールに生まれた。ベルリンの壁崩壊が89年。彼女自身は96年から2003年までベルリンの演劇学校に在籍し、その後、ライプツィヒやバーゼル(スイス)の劇団に参加している。

 私がヒュラーの顔と名前を覚えたのは、『ありがとう、トニ・エルドマン』(2016)を見たときだった。

 これは、父と娘の奇怪に屈折した関係を描いた佳篇だ。父のヴィンフリートは60代の元音楽教師で、トニ・エルドマンという別自我がある。ヒュラーが演じる娘イネスは30代後半のキャリア志向女性で、ドイツからルーマニアに出張し、石油会社の近代化に腐心している。

 ある日、父が娘のところへやってくる。商談できりきり舞いしている娘には大迷惑だ。すげなく追い払うものの、そのあとでひっそりと涙を流す。が、父は追い払われてもめげない。別自我のトニ・エルドマンになりきり、娘につきまとう。

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source : 文藝春秋 2024年12月号

genre : エンタメ 映画