2024年9月、マギー・スミスが89歳で逝去した。訃報を聞いて、私は30年以上前に見た舞台を思い出した。たまたまロンドンにいたとき、オールドウィッチ劇場で、オスカー・ワイルド原作の『真面目が肝心』が上演中だったのだ。スミスの役はブラックネル夫人。共演はリチャード・E・グラント。
記憶はすでにおぼろだが、首を垂直に立てたまま、頭部をニワトリのように前後させて歩くスミスの姿は鮮明に覚えている。それと、「ハンドバッグ!」の台詞を抜き撃ちするときの絶妙なタイミング。どちらも、観客に大受けだった。
舞台に姿を見せるだけで風格を感じさせるのに、度胸のよい大技をためらいなく放つ。なるほど、と私は思った。この人が単なる大女優や個性派のコメディエンヌにとどまらないのは、このあたりの重層性に由来するのか。
マギー・スミスは1934年、英国エセックス州に生まれた。父はイングランド人の病理学者で、母はスコットランド人の秘書。初舞台は52年だが、世に広く知られたのは、『ミス・ブロディの青春』(1969)の痛烈な演技で、アカデミー主演女優賞に輝いたときだろう。
映画は、1932年のエディンバラではじまる。スミスが扮する30代半ばのジーン・ブロディは女学校の教師だが、ちょっと八方破れのところがある。教科書を鵜呑みにせず、生徒たちの個性を伸ばそうとするのはいいのだが、ダ・ヴィンチやジョットの絵を賞揚する一方で、ムッソリーニやフランコの政治体制まで賛美する。欧州各地でファシズムが芽生えはじめた時期とはいえ、体質がどこか危なっかしい。それでも彼女は「教師は私の天職」と信じて疑わない。
ブロディは、私生活の面でもやや不安定だ。堅物の音楽教師ロウザーに求婚されながら、女学校高等部の美術教師ロイドと寝ることをやめない。ブロディ自身は、それを「女ざかり」(原題は The Prime of Miss Jean Brodieという)と自称し、ひいきの生徒たちを周囲に集めて意気軒高だ。ただ、保守的な校長はそれを冷たい眼で見ている。
説明が長くなったが、これはなかなかの難役だ。ブロディは、利口なのか愚かなのか、よくわからない。ロマンティックな性格とファナティックな体質が同居している。自身を冷静に客観視することは苦手なようだが、どこかチャーミングな部分があることも否めない。
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