「鉄拳と愛嬌」マ・ドンソク

第224回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 韓国・北朝鮮 映画

 災害、戦争、疫病。地球の人口調節を行うのはこの3つ、と述べたのはサド侯爵だった。どれも凡人には歯の立たぬ相手で、三舎を避けて通りたいというのが大方の本音だろう。ただ、マ・ドンソクの容姿を思い出すと、かすかな希望が湧く。彼ならこの三大災厄に屈せず、力強く戦い抜いてくれるのではないか。

 マ・ドンソクはマブリーの愛称で知られる。マとラブリーの合成語で、なるほどとうなずける可愛げがある。

 もちろん、通常はキュートと呼ばれない。178センチ、100キロの巨体で胸板は厚く、二の腕はまるで丸太ん棒だ。韓国腕相撲連盟の会長を務めているだけのことはある。動きは呆れるほど速く、心肺機能も高そうだ。太い腕から繰り出される右ストレートは、破壊力が凄い。

 それなのに、マブリーは愛嬌豊かだ。映画のなかでわめくことはめったにないし、凄んだり呻いたりする姿も、まず見かけない。声を荒らげずにニッコリ笑うと、どんなに殺伐なシーンでも、つかのま和やかな空気が流れる。クールだ。

マ・ドンソク ©EPA

 マ・ドンソクは1971年、ソウルに生まれ、18歳でアメリカに移住して米国市民権を得た。現在も、映画の主戦場こそ韓国だが、国籍はアメリカだ。彼の身体のなかでは、両方の文化が美点を生かし合って同居している気がする。

 スターと呼ばれるようになったのは、やはり『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016)からだろう。

『新感染』のマブリーは、身重の妻を連れて釜山行きの新幹線に乗り合わせ、ゾンビの襲撃から必死に逃れようとする男の役を演じていた。ゾンビの感染性を鑑みると、冒頭に述べた三大災厄のなかでは疫病に一番近いか。殴る蹴るといった直接行動では退治できない相手だけに、マブリーの愚直な善戦が信頼感を呼ぶ。

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source : 文藝春秋 2025年2月号

genre : エンタメ 韓国・北朝鮮 映画