「穴を掘るストリートワイズ」ジーナ・ローランズ

第219回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画

 ジョン・カサヴェテス(1929年生まれ)とジーナ・ローランズ(1930年生まれ)。1980年代、私の眼には、ふたりが映画界最強のカップルに見えた。60年代のゴダールとアンナ・カリーナ、あるいはアントニオーニとモニカ・ヴィッティの組合せも映画史に輝くパワー・デュオだったが、カサヴェテスとローランズの協働には別の匂いがした。

 ローランズは、女神(ミューズ)というより同盟国(アライアンス)の印象が強かった。タフで、肝っ玉が据わっていて、カサヴェテスが監督した映画の背骨と末梢神経の両方を、ともに担うことができた。もちろんそれだけではないのだが、話を少し迂回させる。

ジーナ・ローランズ ©Everett Collection/アフロ

 カサヴェテスの監督作品が日本でも人気を得たのは、やはり『グロリア』(1980)からだろう。それまでの彼は、『特攻大作戦』(1967)や『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)などの、曲者脇役として知られていた。そこで稼いだ金を、彼は自身の監督作に注ぎ込んだ。妻のローランズ(ふたりは54年に結婚した)は、そのうち10作品に出演しているが、『グロリア』は7本目に当たる。

 主人公グロリア・スウェンセン(ローランズ)は、窓からヤンキー・スタジアムの見えるブロンクスのアパートに住んでいる。ところがある日、同じアパートに暮らすプエルトリコ系の一家がギャングの襲撃を受ける。組織の会計係だった一家の父親が金の動きをFBIに密告していたため、制裁を加えられたのだ。父は6歳の息子フィルに証拠物件の帳簿を託し、隣人のグロリアに助けを求める。

 元ショーガールのグロリアは、かつて組織の大物タンジーニの情婦だった。いまも組織の内情には通じている。子供嫌いの彼女は、最初フィルを邪慳に突き放すが、少年は必死にしがみつく。

 かくて、ふたりの逃避行がはじまる。カサヴェテス監督は、全篇をロケーション撮影で押し通し、グロリアの言動と街のヴァイブレーションを響き合わせる。

 グロリアは、ウンガロのドレスをまとい、細くてまっすぐな脚を肩幅より広く開いて、レヴォルヴァーを連射する。タクシーや地下鉄を自在に乗り継いで、ブロンクスからマンハッタンへと移動し、高級ホテルや1泊2ドル50の安宿を転々と渡り歩く。その肉体言語は、文字どおり「ストリートワイズ」だ。70年代末のニューヨークが孕んでいた「街の電圧」に負けていない。まばたきをせず、啖呵の切り方にも迷いがない。ただ、ハードボイルド一辺倒かと思うと、意外な柔らかさや傷つきやすさも覗かせる。

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source : 文藝春秋 2024年9月号

genre : エンタメ 映画