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【イベントレポート】『真実の瞬間』第12弾 行動経済学、OMO、アプリ、データ活用、体験価値… マーケティング戦略を再定義 消費者行動の真相心理に基づいた、ブランディング&コミュニケーションの探求

■開催趣旨

行動経済学は、経済学と心理学が融合したものと解釈され、人々が直観や感情によってどのような判断をし、その結果、市場や人々の幸福にどのような影響を及ぼすのかについての研究をする学問です。人々が実際には非合理的で予測可能なパターンに従って意思決定を行うことが示され、こうした知見をデジタルマーケティングに応用することで、消費者行動をより深く理解し、効果的なマーケティング戦略を構築することができるのではと、近年注目が集まっています。

商品やサービスの提示方法を工夫し、消費者の受け取り方を変えるフレーミング効果やコミュニケーションを通じ価格差等をつけるアンカリング効果、「期間限定」「特別セール」などの損失回避の心理、他にも初頭効果、ザイオンス効果、ソーシャルプルーフやエモーショナルアピール、インセンティブなどを用い、OMOへの応用、アプリによる顧客接点の強化、行動を先読みするデータの活用、顧客体験の創出などその活用の幅は広がっています。

そこでシリーズカンファレンス真実の瞬間第12弾では、「マーケティング戦略を再定義」をテーマに、消費者行動の深層心理に基づいたマーケティング、OMO、アプリ、データ活用、体験価値の創出などについて、アカデミックな視点や実践者の事例などを検証し、最新のマーケティング戦略を考察した。

■基調講演

人を“その気”にさせるマーケティングの極意
~ノーベル賞を授与された行動経済学とは?~

東京大学大学院経済学研究科・経済学部
教授
阿部 誠氏

1991年MIT博士号(Ph.D.)取得後、同年からイリノイ大学助教授に就任。1998年東京大学助教授を経て、2004年から現職。フンボルト大学(ドイツ)、UCLA、イェール大学、ニューサウスウェールズ大学(シドニー)、シンガポール国立大学にて、客員教授、准教授、研究員を歴任。ノーベル経済学賞受賞者との共著を含め、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。03年にJournal of Marketing Educationからアジア太平洋大学のマーケティング研究者 第1位に選ばれる。日本マーケティング・サイエンス学会の代表理事、学会誌前編集長。

◎ホモエコノミカスと現実/マーケティングと行動経済学

1980年ごろ、伝統的な経済学に心理学を導入して発展したのが行動経済学だ。ホモエコノミカス(経済人)は、基本的には理にかなった行動をする。しかし「高価だが売れていたスピーカーの価格を下げたら売れなくなった」など、時に消費者は経済理論による説明ができない行動もする。心理学の分野に属する社会心理学、認知心理学、行動意志決定理論を導入し経済学に心理学を加味したものが行動経済学だ。行動経済学=経済学+心理学。これをまず覚えてほしい。

例えば超自制的な人は、現在と将来をはかりにかけた上で、将来得られる利益が大きければそれを優先する。しかし実際には時間的選考が入り、目先のことを重視したり先延ばししたり現状維持バイアスに囚われる。超合理的な人も限定合理性との間で、超利己的な人も社会的選好との間でバランスを取る。ホモエコノミカス=実際の人間はほどほど合理的、ほどほど自制的、ほどほど利己的なのだ。

消費者の行動原理を知ることがビジネスにおいては重要。マーケティングの泰斗コトラーは「実は行動経済学は『マーケティング』の別称にすぎない。過去100年にわたりマーケティングは経済学とその実践に基づく新たな知識を生み出し、経済システムが機能する仕組みに関することに役立ててきた」と言っている。行動経済学はマーケティングのひとつの側面なのである。

◎行動経済学の3分野

行動経済学の3分野とは(1)現象の描写 (2)メカニズムの説明と理論 (3)実社会への適用、である。
まず(1)現象の描写(ヒューリスティックスとバイアス)について。有名な「(錯覚を喚起する)2種類の矢印の長さを判断するテスト」でも分かるように、ヒトは事実を必ずしも正確に認識せず、認知には癖があり、これらは一定のパターンを示す(バイアス=偏り)。

これはヒューリスティック(簡便法)による。ヒューリスティックは元々コンピューターアルゴリズムの世界の用語で「近似の解をなるべく早く導き出す」という意味がある。これが人間にも備わっているのだ。

研究領域の(2)メカニズムの説明と理論について。行動経済学においては、2つの情報処理様式=直観型vs熟慮型が論議される。

例えば先述の矢印の長短を問う問題において、直観型ではバイアス(間違い)の可能性が高い。どちらを使うかは情報処理の能力と動機、その他の要因による。

(3)実社会への適用について。行動経済学の応用分野には、マーケティング(4p:プロダクト、プライス、プロモーション、プレイス)/マネジメント(組織の管理、従業員の動機付け)/自己実現(ナッジ、公共政策、シカケ)がある。今日は主にマーケティング分野の話をする。

◎ケーススタディー

まずヒューリスティックとバイアスについて。雑誌の購読料や寿司のお品書き(松・竹・梅)であえて“おとり商品”を用意し、企業側にとって利益率の高い商品がより多く売れるように仕向ける施策はよくある。極端の回避、という人間の心理を踏まえた手法だ。

寿司で言えば「竹」という高価な商品の上に「松」ほどではない若干高価な「竹プラス」を設定し、竹の高価格の弱みを和らげる=妥協効果を生む施策もある。また、「梅」の上に竹と同じ価格で品質は梅と同等の「梅プラス」を設定し、竹の高品質の強みを梅プラスが引き立てる=魅力効果を生む方法もある。これらの効果を「アンカリング効果」と言う。

2017年のノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のリチャード・テイラー教授が提唱した「心理的会計/勘定(Mental Accounting)」というケーススタディーも紹介する。テイラー教授らの調査では、事前に購入した1万円のミュージカルのチケットを落とした場合(A)と、ミュージカル会場でチケットを買う予定だった現金1万円を落とした場合(B)では、Aは46%、Bは88%がチケットを再購買すると答えた。

人は、個々の収入や支出に対して、期間別(通常は月別)に余暇、自己投資、贅沢品などのカテゴリを割り当て、そのカテゴリ独自の価値観に基づいて商品の判断をする。Aでは「今月は2万円の娯楽費になってしまう」と躊躇した人が多く、Bでは「落とした1万円は娯楽費ではない」と判断した人が多かったのだ。頭の中には複数の銀行口座が存在する。これを心理的会計と呼ぶ。

予算や口座はカテゴリとTPO別に組まれており、同じコスパ(効用/価格)でも、口座によって購買の“ハードル”は異なる。贅沢品や依存性のある製品カテゴリはハードルが高い(欲しくて買えても、自制心から買わない)。長期的に有益な製品カテゴリはハードルが低い(教育、エクササイズ)。ハードルが高い製品を買ってもらうためには、購入を自己正当化する「理由付け」が重要だ(自分へのご褒美、など)。

ギフトのパラドックスについて。効用最大化行動を前提とすると、自身が買わないモノは効用が低いので受け手が買うモノをプレゼントすべき。しかし、受け手が通常自分で買いそうにないものを贈ると喜ばれる(自己抑制から普段は消費を躊躇している高価なワインなどの商品)。また、現金よりもモノをプレゼントされるほうが喜ばれる。現金は生活費の一部に組み込まれてしまうからだ。

ギャンブルのマーケティングについて。仕事で稼いだお金は計画的に使うのに、ギャンブルで儲けたお金は惜しみなく浪費する(あぶく銭効果)。1日のギャンブル予算口座内の金額は決まっているのである。

◎取引効用理論

夏の暑い日にビールを買うとする。近くにお洒落なリゾートホテルのバーしかなかった、あるいは古びた食品雑貨店しかなかった場合では、支払う気持ちになる金額が異なる。これは取引効用理論によって説明される。

全体効用は3つの価格に影響される。3つの価格とは、p=支払い価格 ve=等価価格(value equivalent、商品自体がもたらす価値) p*=内的参照価格(消費者が製品価格の高低を判断するための基準価格、頭の中に存在していて過去の経験や記憶など多様な知識から形成される)。先述のビール購入は内的参照価格の例だ。

全体効用=獲得効用+取引効用、である。同じ物を同じ価格で買っても、誰からどのような状況で買うかで効用が異なる。ちなみに獲得効用とは、製品それ自体からの効用:u(ve-p)、製品を購入したことで得られる価値だ。取引効用とは、取引からもたらされる効用:u(p*-p)、取引自体の善し悪し(お得に買えたかどうか)

内的参照価格に影響を与える要因は以下の3つだ。外的参照価格(メーカ希望小売価格など)/文脈(TPOなどの購買状況、他製品からの影響など)/知識(売り手のコストや社会的公平性)。

賢いマーケターは、需給が一致すると期待されるところに価格を設置しない。取引効用も重視して、社会的公平性とリピート顧客の取り込みを意識するからだ。また、取引効用を増やすには(1)内的参照価格を高くする (2)内的参照価格のない世界をつくる、という方法がある。

具体的には、(1)には定価やメーカー希望小売価格を高めに設定する(品質の評価が難しい、たまにしか買わない商品に有効)、コストがかかっているように見せる(パッケージや店舗の外観)、という方策がある。(2)には、今までにないサイズ(1ℓのワインなど)や価格フォーマット(年間購読など)をつくったり、個別の価格が見えない抱き合わせ販売をするといった方策がある。
さらに興味があれば、『行動経済学』(新星出版社)などの拙著をお読みいただきたい。

■スペシャルトークセッション

こだわりを持ったアパレルブランドが、地域活性から世界進出まで
~鎌倉シャツの30年間と成功の秘訣~

メーカーズシャツ鎌倉株式会社
デジタルマーケティング室 GM
安村 隆志氏

印刷会社や広告代理店を経て、2014年にメーカーズシャツ鎌倉に入社。入社後はEC部門での業務に取り組み、ブランドのオンライン展開に注力。24年からは、デジタルマーケティング室でGMとして、SNSやデータ分析を活用したマーケティング戦略の策定と実行に携わり、お客様にとって、鎌倉シャツがさらに身近で魅力的なブランドとなるよう、努力を続けている。

メーカーズシャツ鎌倉株式会社
オンラインショップ責任者
土屋 静可氏

2011年入社。日本国内、NYの店舗マネージャー経験を経て、現在オンラインショップのチーフマネージャー。持ち前の感性と論理的思考の掛け合わせで、お客様に「液晶越しでも鎌倉シャツでの時間をいかに楽しんでいただけるか?」を日々考えている。

株式会社ヤプリ
執行役員CCO
金子 洋平氏

大学卒業後、GMOインターネットでマーケティング、営業、新規事業立ち上げを経験。24歳で「ファッション×インターネット」をテーマに起業、ファッションメディア、ファッションECを11年運営。2016年よりアプリプラットフォーム「Yappli」の(株)ヤプリに参画。

1993年に鎌倉で創業。Made in Japanにこだわり、ビジネスシャツを中心に扱う専門店がメーカーズシャツ鎌倉。国内25店舗、海外2店舗(上海、ニューヨーク)、オンラインショップを擁している。企業理念は「世界で活躍するビジネスパーソンをシャツで応援する」。洋装のルールに則った、世界中どこで着ても恥ずかしくないシャツ/日本製、80番手以上(の糸)と天然貝ボタン使用、巻き伏せ本縫い採用/原価率50%、工場と直接取引、を実行している。

メーカーズシャツ鎌倉の安村氏と金子氏、そしてヤプリの金子氏が鼎談の形で、こだわりを持ったアパレルブランドの成功の秘訣を語った。以下は安村氏と金子氏の発言の抄録。

◎リピーターがつくまでの取り組み・仕組み作り

日本製・高品質・適正価格をベースに商品の魅力を発信してきた。同じ価格帯の製品に負けない品質/同じ品質の製品に負けない価格で勝負してきたが、30周年を迎えた今、これらの点だけでは差別化が難しくなってきた。そこで、鎌倉シャツの強み、当社にしかできないことを改めて考え、ブランドの魅力あるストーリーを打ち出すようにした。

既存顧客の一層のファン化/新規顧客の入り口が増える/店や人の動きを感じる(生きているブランド)を意識している。具体的には、お寺の要望でデニムや麻を使った作務衣を共同開発したり、鎌倉市の小学校で桜を拾い、卒業時にその桜で染めたハンカチをプレゼントするなどの施策を行っている。

また、様々な企業のユニフォームを作成したり、自分たちでコットンを栽培してシャツを作ったり、企業向けの“服育セミナー”を実施したりもしている。先述の「日本製・高品質・適正価格」製品の魅力を引き続き発信しつつ、ブランドの魅力あるストーリーを付加し、全方位の顧客に向けてECサイト、メルマガ、アプリ、SNS(若年層を意識し主にインスタグラムを活用)で発信している。

具体的には、オンラインショップでは、トップページを会社が今やっていることを発信する場所に変更。取り組みについてレポートするメルマガを配信している。SNS・オウンドメディアでは、取り組みをリールで発信したりブログ記事を公開している。店舗では、情報発信のつながりを確保するため会員登録促進の強化を図り、ショップブログ、スタッフスナップ写真を公開。また、オンラインショップでは手描きのお礼状も配信している。

◎アプリ導入背景

Yappliのアプリを導入した背景は以下。
・スタンプカードからデジタルポイントへの移行をきっかけにデジタル会員証としてアプリを導入
・当時は店頭での会員証機能がメインであり、ECサイトとは別物という考えがあり、店頭でのお買い物をサポートするアプリという位置付け
・WEBビューで買い物はしないだろうという思い込みがあった

しかし、アプリ経由の売上が約15%と予想以上に多いことに気づき、買い物体験をベースに、鎌倉シャツのコンテンツにアクセスできるハブとしてリニューアルした。具体的にはECサイト、オウンドメディア「読む鎌倉シャツ」(ショップブログ、知識、取り組み)、口コミ、ランディングページに簡単アクセス、など。今後は、スタッフコーデやSNS投稿にもアクセスできるようにする予定だ。

リアル店頭での会員登録の際に、アプリ経由で登録を促すようにスタッフに協力を依頼している。アプリの有益性を店頭スタッフにも浸透させた。社内での店舗⇔デジタル分野などのキャリアチェンジ、人材交流、コミュニケーション促進(社内OMO※)にもアプリは寄与している。※OMO=Online merges offline、オンラインとオフラインの併合

今後は、アプリをSNSのように使って購入に結びつけるようになるといいと考える。商品の魅力もブランドストーリーもアプリで発信され、アプリを見れば鎌倉シャツの魅力が端的に伝わるようにしたい。また、プッシュ配信によりお客様が本当に欲しい情報を配信して売上を強化するようにもしたい。

2024年9月13日(火) 文藝春秋本社ホール及びオンラインでのハイブリッド開催

source : 文藝春秋 メディア事業局