安田 峰俊
genre : ニュース, 国際
これらについて筆者に語ってくれたのが、現在はニューヨークに在住する著述家(米国籍)の陳破空氏だ。陳氏はかつての天安門事件の闘士で、日本でも『日米中アジア開戦』(文春新書)など著書を多数刊行。彼の著書はいずれも翻訳書なので、一部書籍にはかなり過激な邦題が付けられているが、ご本人自身はきわめて穏健な中国人知識人である。以下、彼へのインタビュー内容を紹介してゆくことにしよう。
――まず、あなたご自身の今回のアメリカ大統領選に対するスタンスを教えてください。
ヒラリーとトランプ、いずれにも投票していません。ただ、私は政治においても経済においても国家の国民への干渉は控えられたほうがおおむね好ましいと考える立場ですので、中間選挙では共和党に投票しました。商業に従事する中国人には、共和党を支持する人も少なくありません。
――共和党は「白人の党」というイメージがありますが、中国人の気質と共和党的な自由経済政策との相性はよさそうですからね。
はい。ただ、昨年11月の大統領選以前の段階で周囲を観察すると、私のように中国の民主化を希望する中国人(「民主派」)はヒラリー候補を支持する傾向が強かったと思います。
アメリカの民主党は国際協調を重視するので、その点では対中関係を重視する面もありますが、同党は人権問題や民主化については理想主義的な姿勢を前面に押し出します。なので中国共産党にとって、ヒラリーや民主党は頭の痛い相手なのです。いっぽう、民主派の中国人たちは基本的に、中国共産党が嫌がることに賛成ですからね(笑)。だからヒラリーを応援する側だったわけです。
――では、母国の体制に容認的な中国人たち(親中共派)は……。いや、その前に中国系アメリカ人のなかで、あなたのような民主派と親中共派の比率はどうなっていますか?
1対9、もしくは親中共派の率はそれよりも高いくらいですよ。残念ながら民主派はごく少数にとどまっています。
――なるほど。親中共派のなかにも、米中関係を重視する民主党候補者のヒラリーを支持する人はいただろうと思いますが、大統領選以前はトランプ支持者も多かったとか?
はい。大統領選前にトランプを支持していた中国人は、ほとんどが親中共派です。彼らは多くのトランプ応援団を作っていました。
中国国内の報道も、当初はトランプにもヒラリーにも冷笑的な立場でアメリカの民主主義の問題点を皮肉るような論調でしたが、やがてトランプに好意的になりました。トランプは商人ですし、中国の人権問題や民主化になんて何の興味もないだろうと考えたわけです。中国政府にしてみれば、そうした人物がアメリカの大統領になったほうが好ましいと考えたのでしょうね。
――では、トランプ当選後の親中共派アメリカ系中国人たちの反応はどうなったのでしょうか? 確かにトランプは人権問題や民主化には無関心かもしれませんが、蔡英文との電話事件など、中国当局にとって非常に不都合といいますか、「想定外」のレベルで中国を刺激する言動を繰り返しています。
その通りです。蔡英文との電話事件をはじめ「一つの中国」を公然と否定するようなトランプの言動は、中国共産党やその洗脳を受けている中国人にはまったく許せない事態でした。なので、親中共派の中国系アメリカ人たちの多くは、いまになって後悔しています。大統領選の時点ではネット上で多数見られたトランプ応援団も、少なからず解散しているようですね。
――彼らは裏切られちゃったわけですね(笑)。
私が面白いと思うのは、中国系アメリカ人たちの対トランプ支持層が、大統領選のときと現在とで逆転していることです。親中共派が嘆いている一方で、民主派はトランプに好感を持ちはじめているのですよ。アメリカの大統領が台湾に優しい姿勢を見せるのは好ましいことですし、何より中国共産党を困らせているからよいというわけです(笑)。
なにより私自身についても……。いや、もちろん私はトランプの民族差別的な言説にはまったく同意しないのですが、「中国共産党が困る」という一点においては、トランプにすこしだけ好感を持つところがあるかもしれませんね。
――最後に、トランプ当選をあなたはどう見ていますか?
トランプ自身への評価はさておき、私はアメリカの民主主義それ自体については決して悲観していません。中国において、例えばチベット人やウイグル人のような少数民族や、中央政界との関係性が薄いビジネスマンが国家主席に就任することはあり得ないことです。2008年のオバマの当選も2016年のトランプの当選も、やはり民主主義の結果なのです。中国の民主化を望む者として、私は今回のトランプの大統領就任を受け入れますよ。
――ありがとうございました。
◆◆
大統領就任以来、従来にも増してその言動が物議を醸しているトランプ。だが、中国国内で天安門事件後に2度にわたり投獄され、アメリカに亡命した陳氏に言わせれば、それでもトランプが国家指導者に選出され得るほどの民主主義体制は「中国よりはマシ」なのである。
今後のトランプが全世界の人々に対して、まだしも「マシ」であるはずの民主主義への失望をより広げるか否か? 彼の任期の4年間、私たちは常にこの問題と向き合い続ける姿勢を余儀なくされる。
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